2012年 8月

めぐみ精舎

2012/08/07

暦の上では立秋になりました。今日から処暑までの期間が立秋です。昨日の京都の最高気温は36.6度、今日も35度の予報が出ています。コンクリートとアスファルトに覆われた町中に行くと熱風につつまれ,
オーブンの中にいるかのようで、本当に暑いと感じます。鞍馬では、湿度が高いときはちょっと大変ですが、風が吹いてくると涼しさも感じられ、夜になると虫の声が秋を感じさせてくれるようになりました。

学童保育を充実させたいという願いが、めぐみ精舎という新しくできたお寺の施設を使わせていただくことで形になってきました。

立ち上げる前は園の担当者とお寺の担当者が何度も会議を重ね、「すべてのいのちが輝く」ことを目指す場としてのめぐみ精舎の目的や役割、あり方について話し合い、共通理解を深めました。

その場に集う人たちが自分らしく、自由に過ごすことができる。様々な活動や人との関わりを通していきいきできる。楽しく過ごせる。そして、その中に様々な学びや気づきがある。そんな場であると良いという共通理解にいたりましたが、そこに至るまでは、紆余曲折がありました。

最初はみんなが何をどう考えてよいのかわからない状態でした。具体的に目の前に見えているのが、鞍馬山保育園が行う学童保育です。保育園のスタッフはどうしても学童保育の視点で話してしまう。そうするとお寺のスタッフは頭の中が疑問符でいっぱいになってしまう。といったこともありました。

しかし、皆が心を開いて話し合う中で、お互いがお互いの思いを理解し、誰かの発したことばをきっかけにイメージが明確になったりということを積み重ねてある程度の共通理解はできたと思います。

めぐみ精舎は、みんなが自分らしく、いきいきと楽しく過ごせる居場所。
そしてそこで行われる主な活動は、

・鞍馬山保育園の学童保育
・地域開放
・講演会などの学びの活動

という一応の整理ができました。これらがばらばらにあるのではなく、相互に関わる事が大切です。

そんな位置づけで始めた、めぐみ精舎の活動の一つとしての鞍馬山保育園の学童保育。始まったばかりですが、夏休みということもあって、毎日いろいろな子どもたちがやってきては、楽しく過ごしています。

カニが・・・

2012/08/07

すみれ(1歳児)・たんぽぽ(0歳児)でカニを育てていました。

みんな、とても興味深げに見ていました。

次の日いなくなっていました。

多分ケージの中に木の棒を入れていたので、それをつたって外に逃げたのかと思われます。

逃げたのは残念ですが、この脱出方法をとったカニに少し関心してしまう出来事でした。

学童保育 1

2012/08/06

鞍馬山保育園では、学童保育を行っています。といっても、平日の放課後にたくさんの学童が来るというわけではなく、1年生から3年生までという枠を設けているわけでもありません。はじめは、卒園した子どもや園児の兄姉が土曜日や長期休暇に保育園に遊びに来ていました。園児と一緒に過ごしたり、保育士のお手伝いをしたり、小学生だけで遊ぶという過ごし方をしていました。園児がおひるねしている間に、宿題や勉強もしていました。ところが、園児と一緒に過ごしたり、保育のお手伝いばかりでは、小学生の活動が限られてしまって楽しさも少ないだろうと思い、なんとかして小学生の活動が充実しないものかと考えていました。

一方、お寺では子ども向けの図書がたくさんあるので、子ども図書館を作りたいという発想を核に、子どもを中心に高齢者をはじめとした地域の皆さんがいらして、ゆったりと過ごせる場所を作る計画が進んでいました。

3年くらい前になるでしょうか、鞍馬小学校の6年生が自分たちの住む地域の住民にアンケートを行って、地域がこうなると良いというアイデアを考えて発表したことがありました。その中の一つに「ハッピー会館」という構想があったのです。地域にある空き家を借りて、子どもから高齢者までが好きに集える場所を作りたいというアイデアでした。

子ども図書館とハッピー会館のアイデアが一つになった施設がお寺の既存の建物の一部を改装して完成し、「めぐみ精舎」と名付けられました。

ここに集う人たちが大きな慈愛のめぐみに包まれて、そのままの自分でいられる場所にしたいということと、「精舎」というのは僧院、修行者の居る所という意味なので、そこから転じてひとり一人が気づきや学びを得て、育つ場でありたいというのが基本コンセプトです。子どもはもちろんですが、大人も様々なところから学び、育つことが大切だからです。

私たち保育園のスタッフとしては、学童保育を充実させたい。という願いを叶えるにはうってつけの場所ができたわけなので、活用しない手はありません。

そんなわけで、学童保育が新たな展開をはじめ、担当者は少し忙しくなってきました。みんなが楽しめる場所ができてゆくと良いと考えています。

きょうのごはん

2012/08/06

・ごはん

・だしふりかけ

・肉じゃが

・ツナサラダ

・具沢山汁

小さいなかまたち。

2012/08/06

7月からたんぽぽぐみ(0歳児)に新しい仲間が2人増え、3人になりました。

登園し始めた頃は泣いている事も多かったけれど、園でのリズムも安定し始め、笑顔もよく見られるようになりました。

0歳児は月齢によって、食事の形態が少しずつ違います。普通食を食べ出したSちゃん、ステイック状のものを食べ出した

rくん、細かく刻んだ野菜や鶏肉を食べ出したmちゃん。並んで食事をしていると、隣のごはんが気になる〜〜!

『な〜な〜、なにたべてんの?』『それなに〜?』と隣のお皿に手を伸ばしてみたり、『ガジガジ、モグモグ…そんなして

食べるの〜!?』と言わんばかりに顔をのぞいてみたり。遊びの中でも、『つかまり立ちできるん?やってみよ〜!!』とまねしてみたり!一緒に生活しているとすべてが刺激なんですね。日々刺激を受けて、成長し合ってるかわいい3人です♪

写経会 3

2012/08/05

  

お寺で行われた写経会に参加し、3日間、読経と写経に浸らせていただきました。足が痛かったり、身体が疲れたりもしますが、とても気持ちの良い時間を過ごせたと思います。朝6時から1時間強しっかりと声を出してお経を唱えれば必然的に深い呼吸をすることになりますし、食事は全て精進料理をいただくことができます。写経をしている間は他に何も考えずに書写することに没頭できます。いろいろな雑念が湧いてきて時には写し間違えることもありますが、それはそれで訂正したり書き直せば良いことですし、湧いてくる雑念にとらわれることも徐々に少なくなってゆきます。

     十種供養の法具

この三日間は本当に別の世界で過ごしているようです。道場の荘厳や外の風景など目に映る様々なもの、お香の香り、お経を唱える声、吹きすぎてゆくさわやかな風、口にひろがる含香の香り、いろいろな要素がやわらかく五感に触れてきて、気持ちもゆったりと穏やかになります。朝のお勤めの時にちょうど庭に差し込んでくる朝日に、木々の葉が光を放っているかのように輝く姿が何とも言えず私は好きです。

書写が完成した経典は2日目の夕方には三軸の巻物に調巻され、3日目の法要で経筒に奉入し、寳輿にのせて供養を捧げます。法華経の法師品に説かれる十種供養といわれるものが中心で、華、香、瓔珞・抹香・塗香・焼香・繒蓋・憧旛・衣服・伎楽です。この中の繒蓋・憧旛をあわせて旛蓋とし、それに合掌を加えて十種としています。それぞれを形取った法具があってそれを捧げます。

他にも果物や野菜など普通のお供え物も捧げます。毎年保育園から5歳児と学童保育に参加している小学生がお参りをしてお供えをしています。今年も1時間近く続く法要に参加して、

  道場を見学する子どもたち

お供えをしてくれました。緊張気味にお供え物を捧げる子どもたち、目をくるくるさせながら道場内を興味深げに見ていました。

写経会 2

2012/08/04

写経会は如法写経とか如法経といわれ、平安時代後期ごろから宮中を中心に行われていたという記録が『門葉記』などにあります。慈覚大師円仁が比叡山の横川で法華経を書写したことがその始めだといわれていますが、慈覚大師が一定の法式を定められたわけではないようです。

『門葉記』には如法経の法要の様子がとても詳しく書かれていますが、必ず「法華懺法」という懺悔の行を21日間行ってから写経をしています。その中心は、自己の犯した罪を発露、懺悔することで、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根にを清浄にするということです。心身の清浄を得て写経を行ったのです。
現在では21日間に及ぶ法華懺法を行うことは難しいので、法華懺法は朝座のお勤めで唱えています。

現在行っている写経の方法は、手書きで書かれた妙法蓮華経八巻と版木で刷られた無量義経、観普賢菩薩行法経各一巻を、細かく分冊にしたものをお手本にし、そのお手本を見て経文を写経用紙に丁寧に書き写してゆきます。ですから、お経のどの部分を書写することになるのかはその時になってみないとわかりません。特に2冊目以降は、どこのどんな部分を写すことになるのか楽しみです。

私は、書写するのが余り早くないのですが、あまり悠長に書いているわけにもゆかず、かといって急ぎすぎて雑になるのも困ります。今年はいつもより丁寧に書写することに重点を置いてみました。ところが、使われている漢字が旧漢字なので画数が多く書きにくいのです。例えば「観」は「觀」「乗」は「乘」だったりします。もっと画数の多い字もたくさんあります。ですからうまく筆先を整えないとすぐに字が潰れてしまうのです。でも調子がつかめてくると、気持ちよくかけるようになります。私は字が下手なので、決してきれいには書けませんが・・・

2日目の午後の後半に私のところにやってきたのは『観普賢菩薩行法経』の終わりの方の部分でした。三分の二くらい書き終わったところで、他の人はほとんどの人が書き終えて、私が書き終えるのを待ていらっしゃることが、顔を上げて見なくても感じられます。ちょっと焦りましたが、あまり雑にならないよう一生懸命書いたらとても集中できました。お経の内容が舌根の罪障を発露して懺悔することだったのを良く覚えています。

意味は違いますが、我欲を張って自分の言いたいことばかり言うのは慎みなさいとい教えられているように感じました。今まで以上に人の話を傾聴することに力を注ごうと思います。

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