shigaraki (鞍馬山保育園 の投稿者) - 69ページ目 (186ページ中)

信じて見守る(味噌)

2014/01/13

秋頃から気になっていることがありました。それは、去年の3月に作った味噌がどうなっているかということです。味噌を仕込んだことは、このブログでも紹介しましたが、それからずっと寝かせていたのです。寝かせているあいだに味噌は熟成されてゆきます。期間は半年、10カ月、1年などいろいろな説がありますが、じっくり1年くらい寝かせようと思っていたので、気になりながらもそのままにしていました。途中で何度も味噌の様子を見てみたいと思いましたが、じっと我慢して寝かせていたのです。

熟成むらをなくすために、途中で天地返しといって、味噌をかき混ぜる方法もあるようですが、素材の力を信じてそのまま寝かせる方法をとりました。うまく熟成が進んでいたら途中で手を出して邪魔をしても、がんばって働いている大豆と麹と塩に申し訳ないような気がしたからです。10カ月から1年寝かせて、失敗していたらそれはそのときのことです。というと聞こえは良いのですが、実は少し面倒だったこともあります。

実際にはなにもしなかったのですが、いつも気にかけてはいましたし、ときどき瓶のふたを開けては、「がんばって働いてくれてありがとう。美味しくなってね。」と声をかけていました。

熟成している間に空気に触れるとカビが生えやすいので、密閉するために、ラップや布、和紙を使って、表面を覆うと良いといわれています。私は大きめのポリ袋に塩を入れて味噌の上に置き、ふたの代わりにしていました。その方法だと味噌の表面に少しくらいでこぼこがあっても塩がそのでこぼこに合わせてポリ袋を密着させてくれるので、空気が入りにくいのです。また、2〜3キログラムほどの塩を使えば、それが重しの代わりにもなります。ポリ袋が天然の素材ではないことが少し気になっていましたが、その方法が最適だと思ったのでやってみました。その塩の中蓋がふたの役割をしているので、瓶のふたは置いているだけで、瓶の蓋を開けてもポリ袋に入った塩しか見えません。中がどうなっているのかとっても気になりましたが、そこはじっと我慢。大豆と塩と麹の力を信じて見守る。(見えませんが…)でも気を放してしまうのでははなく、いつも気にかけ、声をかけていました。

そうやって、10ヶ月間寝かせた味噌をいよいよ取り出してみることにしました。

やってみる!

2014/01/12

とても傾いて倒れそうになっていた、玉杉大黒天の杉の木についてお伝えしてきました。今にも倒れそうなので、何とかしなくてはならないのですが、ご神木に鋸を入れることはどこか申し訳ない気がする。かといって傾きをもとに戻す手段はない。専門家の意見は伐採。自然に倒れるまで待つのか。いつ倒れるかわからないのにそんな危険なことはできない。何とか伐採せずに済まないものか。お寺の皆さんもずいぶんと頭を悩まされたようです。私もずっと気が重いままでした。何もできないので、前を通るたびに杉の木に触れて、できれば元通り元気になってください。それが無理なら、どうか一番良い方法を選んでください。と祈るくらいしかできませんでした。

しかし、結局は伐採することに決まり、実際に作業が始まったら途中からは木がまだ元気なので、全て切ってしまわなくても良いことがわかりました。結果的には木の上の方を切ったことによって先の方が軽くなり、傾いていた木が少し元に戻ったのでした。

みんながとても心配し、気をもんだ今回のことでしたが、いざ作業をしてみると、予想もしなかったような良い結果になりなした。どうしよう、どうしようと考えてばかりいても、何も始まりません。案ずるより産むが易し。とにかくは、まずやってみること!何かアクションを起こして初めて状況が変わり、いろいろなことが見えてきます。とにかくやってみる!それも最大限の力でやってみる。それで良くなかったら、その時に次にどうしようか考えれば良いのです。

玉杉大黒天が身をもってそんなことを教えてくださったように感じました。自分自身が克服しなくてはならない弱さを指摘し、励ましてくださったのだと思います。ありがとうございます。

復活

2014/01/11

伐木作業をしばらく見ていただけで、体がすっかり冷えてしまいました。作業をしていらっしゃる方は、さぞかし大変なことでしょう。4時近くなって、そろそろ作業が終わるかと思い、再度現場へ行ってみました。途中クレーン車のタイヤの跡があったので、作業は終わって、クレーンも帰ってしまったようでした。あれほど大きな木がそんなに早く切れたのかなと思いながら、玉杉さんに到着して見ると、作業は終了したようで、誰もいらっしゃいませんでした。早く終わったのだと思ってふと顔を上げると、ご神木が今まで通りその場所に立っていらっしゃるではありませんか。根元から数メートル残して伐採してしまったとばかり思っていたので、驚きました。見上げると、ずいぶん高いところから上はなくなっていましたが、ほとんど気にならないくらいの高さです。何度も見上げたり、少し後ろに下がって見たりしているうちに、何かが違うことに気付きました。よくよく見ると、今にも倒れそうなくらいに傾いていた幹の傾きが少し戻っているのです。もちろん完全に戻ったわけではないのですが、明らかに、目で見てわかるほどに傾きが少なくなっていました。驚きと喜びが一緒にやってきて、思わず手をあわせていました。

ちょうどそこに作業に当たっていたお寺の方が通りかかったので、話を聞いてみると、木を切り進めるうちに、幹から新しい枝が出て伸びている箇所があったそうです。新しい枝がでているということは、そこから下はまだまだ元気だということなので、伐木はそこまでとなったそうです。木を切って下さった方も、「こんな状態なのに、これほど元気な木は見たことがない。さすがご神木や!」といって驚いていらっしゃったと聞きました。

力強く復活した杉の木を見ていると、こちらまで力をいただけるような気がして、何だか心が晴れ晴れして、嬉しくなってきました。私は、勝手に「復活玉杉大黒天」と呼んでいます。

  ずいぶん傾いてしまいましたが…

上の方を切ったら傾きが少し戻りました

伐木

2014/01/10

12月29日、園はお正月休みに入ったので、少しゆっくりしようとも思いましたが、玉杉さん伐木の日だと思うと、気になって仕方なく、朝からどうなっているのか見に行ってみました。9時頃に行ったら、もう作業は始まっていて、クレーンの腕が杉の木の梢に向かって目一杯伸びていました。作業をしてくださる方は、すでに木の上に登っていて先の方から切っていらっしゃるようですが、あまりにも高いところで、下から見上げても何が起こっているのかまったくわかりません。なによりも、それほど高い木の上に人が登って作業をしていること自体が、怖いを通り越して不思議な感覚です。本当に遠くの枝が揺れているかいないかわからないくらいの高さなのです。木の上からはどんな眺めなのか興味はありますが、登れるはずもありません。

伐木の作業は、クレーンに繋がったロープを、木の切り離してしまう部分に結びつけてから切り、そのままクレーンで下ろすという行程だと思います。先ず大切なのは木のどこのどのようにロープを掛けるのかです。これを間違うと、木が切れたときに大きく揺れて、切っている人にぶつかってくる危険性もあります。長年の勘とはいえ、どの位置にロープを結び、どこを切るのかがわかるというのはすごい技だともいます。しかもとてつもなく高い木の上で枝に立って行う作業です。

はらはらしながら見ている私などには関係なく、作業は淡々と進んでゆき、木は少しずつ短くなってゆきました。この日はお天気は良くなったものの、寒気が残りとても寒い日でした。時々吹いてくる北風のせいで、下から作業を見上げているだけですぐに寒くなってきます。何十メートルもある木の上はどれほど寒いのでしょうか。しばらく見ていましたが、あまりにも寒いので、作業が無事に進むことを祈りつつ、残った仕事を片付けるために、園に行きました。

雪情報

2014/01/10

2014年1月10日(金)道路・雪情報

積雪量:2センチ

積雪量は多くありませんが、雪が積もっています。十分に注意してください。

      修養道場前

代受苦

2014/01/09

ケーブルの職員さんが「玉杉大黒天の杉の木は世の中の悪いことを受けとめ引き受けてくださっていることに感謝したい。」とおっしゃっていたことを、お寺の貫主様に話したら、昭和25年の台風で大杉権現の杉の木が倒れてしまったときに、先代の貫主様が「大悲代受苦」だとおっしゃっていたことを思い出していたところだったと言ってくださいました。

大悲代受苦とは代受苦ともいい、大きな慈愛の心をもって他の人の代わりに苦を引き受けることです。つまり、先代の貫主様は、大杉権現の杉の木が大悲代受苦、大慈悲の心をもって人々の苦しみを一身に受けて倒れられたとおっしゃっていたのです。まさに今玉杉大黒天の杉の木も同じ状態なのではないかと思いました。そうしたら、申し訳ないとか残念だというよりも、ありがとうございますと感謝する気持ちの方が強くなるものです。

そして、いよいよ伐採の日が近づいていきました。事前に玉杉大黒天に感謝、供養して、鋸をあてさせていただくことをお許しいただくために祈りを捧げて、はじめて作業する事ができます。12月28日に作業を行う予定でしたが、近畿地方にも強い寒気が流れ込んで、前日の夕方にはそれまで降っていた雨が雪に変わり、あっという間にうっすらと雪化粧です。夜に入っても雪が降ったり止んだり、翌朝には道路も白くなっていました。この状態では、作業のためのクレーン車が動くことができないというので、作業は翌日に延期されました。その後暖かくなって午前中に雪は溶けてしまったので、昼にはクレーン車を作業する場所に据え付けることが行われました。これほど巨大な車がよくここまで登ってきたと思うほどの大きなクレーン車が、参道の途中に無事に据え付けられました。28トンもの重さがあり、クレーンの腕を伸ばすと40メートル以上になるそうです。

翌日の作業が無事に行われることを祈るばかりでした。

母のお節は最高

2014/01/09

今回は保育の事ではありませんが、色々なところで食育が見直され始めているので、母のお節についてブログに書いてみたくなりました。

子ども頃からお節料理の、ほとんどが母の手作りで棒鱈だけは祖母が最初の頃は作っていましたが、その後、母が祖母から教わって作っていました。元旦の日の朝は、家の仏様に、まず、お節や白味噌のお雑煮を御盆にのせてお供えし順番に手を合わせてから、皆でお節を囲み、最初に昆布茶を飲んでからお節を頂くというのが我が家流でした。

結婚した当初は母のお節を手伝いに行くといいながら、私は年末の大掃除などに追われ、少し手伝いに行くのがやっとでしたが年を重ねるうちに、母のお節の味を覚えたいと思うようになりました。母の作っているのを横で見て味を確認ながらメモを取り教わりました。

小さい頃は、普通に頂いていたお節ですが、最近になって、どんな立派な取り寄せたお節よりも、私にとっては小さい頃から慣れ親しんでいる母のお節の味が最高だと思うようになりました。

漸く、ここ3〜4年前からメモを取った母のお節レシピを見ながら母のお節の味を一人で家でも作るようになりました。一口、味わう度に、そうこの味って、ほっと安心できるのは母から教わった味です。今は娘も普通に私の作ったお節を食べていますが、いつか大きくなって、母のお節の味を受け継いでくれたら嬉しいなぁと思います。

余裕を持って

2014/01/08

玉杉大黒天のご神木は、皆さんから親しみを持って「玉杉さん」の愛称で呼ばれています。私はそのご神木を伐採せざるを得ないことがなかなか受け入れられなくて、どこか心に引っかかり、スッキリしないそんな気分を懐いたまま年末を過ごしていました。

そんなとき、子どもたちがお寺のお餅つきに参加するのにケーブルカーを利用したいとお願いに行ったときに、ケーブルカー担当のお寺の職員さんと話していたら、その方が「今回のことは、良かったですね。」とおっしゃるのです。何のことかと思いながら聞いていたら、どうやら玉杉さんの伐採のことのようです。その方は「確かに切らなくてはいけないということは残念なことですし、心が痛みます。でも今のように傾いているのは、きっと玉杉さんが世の中の悪いことをたくさん受けとめてくださっているということだと思うので、自らの身を呈してそういう役目を担ってくださる玉杉さんに感謝しているんです。」と言ってくださいました。

そのことばを聞いて、私はハットしました。今、起こっていることをいたずらに目で追うばかりで、その意味や本質を見ようとせず考えようとしない、そんな余裕がなくなってしまっている自分に気付くことができたのです。心に引っかかっていたものがスーっと消えて、心が軽くなりました。

そして、こんなことも聞かせてくださいました。お寺の本殿に鞍馬側からお参りするには、九十九折り参道を歩いて登山するか、ケーブルカーを利用して登山するという2通りの方法があります。しかし、玉杉大黒天のご神木が倒れそうなので、九十九折り参道は通行止めになっていて、ケーブルカーを利用するしか登下山の方法がないのです。そういう条件の中で、今まで何年もお参りしていらっしゃる方から、初めてケーブルカーに乗ってみたけれども、とても良かった。ということばを聞いた。玉杉さんのおかげで良いご縁をいただいた。というエピソードです。

うわべだけを見ると、良くないことが起こっているように見えますし、そのことばかりを目で追って見ていると良くない方にばかりとらわれて、どんどん良くない方向に心が流されてしまいがちです。でも、もう少し心に余裕を持って、高いところから全体を観ると、良くないと思っていることが良いことの原因になっていたり、そのこと自体が実は良いことだったりしていることがあるものです。いろいろなことを良いことにするためにも、心に余裕を持っていたいものだと思います。

人間ちえのわ

2014/01/08

めぐみ精舎の学童保育も小学校が冬休みになり、出席者もぐんと増えました。
冬休みはクリスマス会、しめ縄作り、映画会、おもちつきと内容は盛りだくさんです。

いろんな学校から学童に来てくれてるのもめぐみ精舎の特徴かなと思います。
久しぶりに会う友達とも「なんかなつかしい。」って感覚で友達同士が近づいてる感じがするし、昼食の時なんかに各学校の冬休みの宿題の量とかで話が盛り上がったりもします。

なかなか楽しい毎日です。おもちつきにお寺に上がったときの事、少し時間があったのでみんなで何かして遊ぼうってなった時、子どもから「人間ちえのわしよう!!」って声が上がりました。

「人間ちえのわ〜!?」なんかすごそうな名前。

だいたい8人くらいでするのがいいみたいですが、みんなで輪になって隣ではない人と手をつなぐのです。それをせぇーのって言って、手を離さないでほどいていって輪に戻すもの。
まぁそれがスッゴク盛り上がるんです!!
「あんたが先にここをくぐって〜」
「手を離したらアカンで」
「アカン、アカン、手が折れそう」
「うわ〜暑くなってきた!」
「もう少しでとれるで!」などなど…

私達めぐみ職員2人も加わって入ったんですが、みんな必死ですぐに体も頭もあつくなりました!
いろんな学校の子と大興奮しながら一つの輪になる。輪に戻ったときはみんなでやったー!と大拍手。
すっかり人間ちえのわにはまってしまい、女の子はお寺からめぐみの部屋に戻ってからも「人間ちえのわ」をやっていました。

職員バンド

2014/01/07

生活発表会には毎年、職員も出し物を発表しています。
今年は自分が希望する楽器を使ってみんなで合奏しようという事になりました。まだどんな曲になるか決まっていない時に、担当職員からなんの楽器にするかと言う回覧板が回ってきました。
私は秋にウクレレを買ったばかりだったので迷わず、ウクレレ♪と書きました。
ウクレレ…私は中学から高校にかけて少しギターをかじった程度に触れていて、最近次男がそのギターを弾いたりするのを見て、もう一度何かしたいなぁ〜と思いついたのがウクレレでした。
そんな感じだったので、まだコードもきちんと押さえられないのに大胆にも職員バンドでウクレレを担当するなんて!
保護者の方に協力してもらってクリスマスメドレーの楽譜ができあがりました。その楽譜の素晴らしい事!私は大胆にもウクレレをすると言った事に後悔し始めていました。

みんな個別に練習をして、私はギター、ベース、カホン、鈴の職員と一緒に仕事終わってから二回練習しました。
始めは自分のパートを弾くのに必死だったけど、何度か練習してゆくうちに回りの人の音を聞いて合わせていこうという所までいけました。

でも12人全員の合同練習は生活発表会前日の一回だけ…
どんな風になるかワクワクドキドキでしたが、みんなで合わせてみると、思ったより曲になってるやん!
みんなと合奏していると、回りの人の音を聴きながら自分から合わせていこうと言う気持ちがあり、みんなについてゆくのに必死だけど、その中にいてなんだか心地いいのです。

これって普段の生活でも大切な事だよねって、みんなの音を聴きながら考えてました。
「みんなの気持ちを聞きながら自分から歩み寄ってゆく」
職員バンド…当日の発表は、私は途中から楽譜を追うのに必死でしたが、この発表を通して何か素敵なプレゼントをもらった気持ちになりました。

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