園のこだわり

余裕を持って

2014年1月8日

玉杉大黒天のご神木は、皆さんから親しみを持って「玉杉さん」の愛称で呼ばれています。私はそのご神木を伐採せざるを得ないことがなかなか受け入れられなくて、どこか心に引っかかり、スッキリしないそんな気分を懐いたまま年末を過ごしていました。

そんなとき、子どもたちがお寺のお餅つきに参加するのにケーブルカーを利用したいとお願いに行ったときに、ケーブルカー担当のお寺の職員さんと話していたら、その方が「今回のことは、良かったですね。」とおっしゃるのです。何のことかと思いながら聞いていたら、どうやら玉杉さんの伐採のことのようです。その方は「確かに切らなくてはいけないということは残念なことですし、心が痛みます。でも今のように傾いているのは、きっと玉杉さんが世の中の悪いことをたくさん受けとめてくださっているということだと思うので、自らの身を呈してそういう役目を担ってくださる玉杉さんに感謝しているんです。」と言ってくださいました。

そのことばを聞いて、私はハットしました。今、起こっていることをいたずらに目で追うばかりで、その意味や本質を見ようとせず考えようとしない、そんな余裕がなくなってしまっている自分に気付くことができたのです。心に引っかかっていたものがスーっと消えて、心が軽くなりました。

そして、こんなことも聞かせてくださいました。お寺の本殿に鞍馬側からお参りするには、九十九折り参道を歩いて登山するか、ケーブルカーを利用して登山するという2通りの方法があります。しかし、玉杉大黒天のご神木が倒れそうなので、九十九折り参道は通行止めになっていて、ケーブルカーを利用するしか登下山の方法がないのです。そういう条件の中で、今まで何年もお参りしていらっしゃる方から、初めてケーブルカーに乗ってみたけれども、とても良かった。ということばを聞いた。玉杉さんのおかげで良いご縁をいただいた。というエピソードです。

うわべだけを見ると、良くないことが起こっているように見えますし、そのことばかりを目で追って見ていると良くない方にばかりとらわれて、どんどん良くない方向に心が流されてしまいがちです。でも、もう少し心に余裕を持って、高いところから全体を観ると、良くないと思っていることが良いことの原因になっていたり、そのこと自体が実は良いことだったりしていることがあるものです。いろいろなことを良いことにするためにも、心に余裕を持っていたいものだと思います。

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