shigaraki (鞍馬山保育園 の投稿者) - 120ページ目 (186ページ中)

自立

2012/12/02

保育者は「この人がいてくれるから大丈夫!」子どもがそう思える、そんな安心感をもつことができる存在でいたいものです。子どもはある程度関係ができれば、保育者を全面的に信頼してくれます。ですから、保育者は子どもを丸ごと信じることができなければ、こどもの信頼に応えていないことになると思います。ここには相互に信頼し信じ合う関係ができます。この子は大丈夫と信じるからこそ、見守れるのです。信じられ、見守ってもらうからこそ、子どもはこの関係を起点として、どんどん外界に働きかけたり、子ども同士の関係を発展させて行けるのです。

ところが、いちいち大人が指示をしてやらせていては、いつも大人にお伺いを立てないと動けない子になってしまいます。そんな子を育てたいでしょうか?当園ではそうは考えていません。当園の目指す子ども像に「自分で考え自分で決め、自ら行動する」というのがあります。子どもが自立し、自分に自信を持って、他の人とのより良い関係を築いて行く力をつけて欲しいと思っています。

子どもが自立できるようにするためには、どうすれば良いのか?ということを常に基準ににして考えれば、子どもを丸ごと信じて見守るということが最適だと思います。

いろんなことをいっぱい教え、たくさんお世話をしてあげて、大人の指示通りに子どもを動かすことができる。それが良い保育者だと思っていると、それは保育者が子どもに依存していることになりかねないのではないでしょうか。子どもも大人も互いに依存し合うことにはなりたくないですね。

当園の保育士たちは、「子どもたちが自分で考え自分で決め自ら行動できるようになるには?」を考えて保育そしてくれています。

リーダー

2012/12/01

今朝、ラジオの天気予報が、今日は雨が降りやすく、標高の高いところでは雪が混じるでしょう。といっていました。ついにくるのかと思っていたのですが、午前中はそんな気配はなし。風はかなり冷たかったです。夕方、山の上では雨に混じって白いものが落ちてきます。見上げると、黒くシルエットになった山の木々を背景に、空から落ちてくるみぞれが雪に変わりそうな気配でした。今年も最後の月となり、ついにやってた!という感じです。ついこのあいだまで紅葉が美しかったのに、季節はどんどん進んであっという間に冬です。寒いけど、冬には冬の楽しみがあります。

浦中こういちさんとの「どるぶつ」作り(製作活動)を経験して、子どもたちが自分の中のイメージを形にする楽しさを味わってくれたと思います。それぞれに思いっきり楽しんで作っていましたし、自然と子ども同士で手伝ったり手伝ってもらったりという関係も生まれていました。素直に自分を出すことができれば、自然に心を開き、気持ちも力も合わせることができるのかもしれません。楽しい時間はあっという間に過ぎてお昼ご飯の時間になってしまったので、みんなで急いで片付けました。

保育者は、子どもにとっての安心基地であり、そのためにも子どもたちを受けとめ勇気づけることができる存在でいること。子どもを丸ごと信じて、「大丈夫!挑戦して!困ったときはいつでも守ってあげるから!」と安心させ、勇気づけてあげること。これが「見守る」ということなのだということを、改めて確信しました。

これは、なにも子どもだけに限ったことではないはずです。大人だって、不安になったり、くじけそうになったりしたときに、見守ってくれる人がいた方が強くなれるし、自信を持って歩むことができるのです。つまり、子どもにとっての両親や保育者のような存在、それがリーダーなのかもしれません。リーダーというと、言葉の響きからどうも強く引っ張ってゆくと言うイメージがありますが、どちらかというと「見守る」「支える」という感じなのだと思います。

社長だとか園長だとかはもちろんリーダーなので、そういう存在でいなくてはならない、つまりみんなを見守り支えることがその役割なのでしょうね。そこに徹することができると良いのですが・・・

紅葉

2012/12/01

秋も深まり、木々は紅葉が真っ盛り。
いろんな色の木々に囲まれて、子ども達は季節の移り変わりを肌で感じています。

園庭にいるとお日さまの光に照らされて輝いたり、風が吹くとヒラヒラと落ち葉が舞い降りてきます。
「美しいなぁ〜きれいだなぁ」って幸せ気分いっぱいでいると…園庭は落ち葉だらけ!
フーフー言いながら落ち葉はきをしていると、子ども達もホウキを持って手伝ってくれたり、手押し車で運んでくれたりしてくれます。
落ち葉はきはしんどいけれど、気分は幸せいっぱい。
落ち葉が少なくなったらいよいよ冬がやってきますね!

勇気の源

2012/11/30

絵を描いたり何かを作ることに少しだけ苦手意識がある子が、苦手意識や、やりたいけどうまくできないからやらないといった葛藤を越えて、「やってみたらできた!」「けっこうおもしろいかも!」を体験してくれた場面に巡り会えて、とても嬉しく思っています。

発達とは、「できないけれども、できるようになりたい」といった「〜だけれども〜」を越えることだと言う意味の話しを聞いたことがあります。

それを乗り越えることができるのはその子自身だけです。しかし、いつも側で見守り、勇気づけてくれる人が、いるといないでは大きな違いです。子どもにとっては、それがお父さんお母さんや保育者など、信頼できる人です。

ですから、親や保育者が、逐一命令して何かをやらせたり、一から十まで教えてあげていては、その子は自分自身で乗り越えることを経験できなくなります。

それよりも、その子を丸ごと信じて、「大丈夫!挑戦しておいで!困ったときはいつでも守ってあげるから!」と安心させ、勇気づけてあげることが必要なのだと思います。これが見守るということなのではないでしょうか。

よく、保育者は子どもの心の安心基地であるべきだと言われますが、そういうことなのだと思います。安心基地がぐらぐらして不安定では、子どもは自分の力を発揮して自分で挑戦することができません。

製作活動に苦手意識を持っていた子が「もうやめる」と訴えかけていたのは、一つのサインです。「作りたいけど、作れないから助けて!」というサインかもしれません。それなのに、何でも子どもの言うとおりにしてあげることだけが良いと思っていると、「やりたくないならやらなくて良いよ。」などと軽率に答えてしまいがちです。しかしそれでは、子どもの「助けて」という心の声に応えていることにはなりませんし、逆に子どもを失望させてしまいます。これでは放任になってしまいます。ですから、そのこのことを良く理解して「今この子に何が必要なのか」を考えなくてはならないのです。

こーちゃんにサインを受けとめてもらって、勇気づけてられた子は、その後いきいきと自分の「どるぶつ」作りに励み、立派などるぶつを作り上げました。

子どもをちゃんと見守ってくれたこーちゃん(浦中 こういち さん)に感謝です。

 どんな どるぶつ をつくろうかなー?

   どるぶつ作りに没頭

どるぶつ

2012/11/29

表現することの楽しさをもっと大きくしたい、少し違った観点からいつもとは違う方法で、楽しんで表現する機会があるとおもしろいのではないか。保育士のそんな発想から、昨年も園にきていただいた、浦中こういちさん(こーちゃん)に園に来ていただきました。浦中こういちさんはフリーのイラストレーター/あそびうた作家として、作品の製作や個展、幼稚園、保育園、子育て支援でのイベントなどで活躍していらっしゃいます。

昨年は、まずこーちゃんのライブではじまり、みんなで歌ったり身体を動かしたりして遊んでから、後半は5歳児だけが新聞紙に好きに描くということを楽しみました。今年は子どもたちがそれぞれに思い思いの「どるぶつ」をつくるというのがテーマです。「どるぶつ」ってなに?と思いますよね。子どもたちが想像力を思う存分発揮して、どこにもいない動物をつくるのです。いきなりどこにもいない動物といってもむずかしいので、こーちゃんがいろいろな動物を組み合わせても良いよ!とヒントを出してくれました。

こーちゃんの説明を聞いた子どもたちは早速作り始めました。ダンボールカッターでダンボールを切ったり、ラップの芯や箱、ストロー、毛糸、そのほか様々な材料を組み合わせたり、絵の具で色をつけたり、みんな思い思いのどるぶつを作ってゆきます。

そんな中、絵を描くことや何かを作ることに少し苦手意識を持っている子が、友達はどんどん作ってゆくけど自分はなかなかできないし、どうして良いかわからなくなったのでしょう。もうやりたくないと言った意味のことをこーちゃんに訴えかけていました。

そこで、こーちゃんはその子を励ましながらその子に寄り添い、どんな「どるぶつ」を作りたいかというその子の気持ちを引き出し、その子がイメージを具体的にする手助けと、出てきたイメージを形にすることを手伝ってくださいました。自分のイメージが形になって見えてきて、これならできるかもしれないと思ったのか、それまで曇っていたその子の顔が、ぱーと明るくなりました。その後は困ったときには助けを求めつつも、少しずつ自分で作り始めたのです。

少し離れたところで自分のどるぶつを作りながら、耳と目だけはこーちゃんと子どもの様子が気になってしょうがなかった私の心ははとても温かいうれしさで満たされました。

「自分を自由に表現すればいい。」そんなみんなの想いをこーちゃんが伝えてくれたことで、その子の心が開かれたのだと思います。

むかご

2012/11/29

秋は紅葉が綺麗でいろんな実もたくさんなり、気温や天気も気持ちよくて、お散歩にとてもいい時期ですよね!

この間もお散歩に行き、むかごを見つけました。大きいのや小さいの様々あり、たくさん取れたので園に帰って煎って食べることになりました。でも私はちょっと苦手だったんです・・・。で、一緒に散歩に行ってた職員に伝えると、「美味しいの食べてないんやわ!美味しい食べ方でするし食べてみ!絶対美味しいから!」と言われ、散歩から帰ってきました。

そして、こどもたちとワクワクしながら出来上がるのを待ち、「美味しいで!」と言われ一つ食べてみると・・・「おいし〜い(^O^)」今まで食べていたのと違い、全く土臭い感じとかがなく美味しかったんです。「なっ!美味しいやろ!」と言われながら、こどもたちと一緒に喜びながら食べていました。

楽しいから 表したい!

2012/11/28

心が動くからこそ、表現したい何かが生まれます。特に子どもは、わくわくするような楽しいことが表したい!伝えたい!に結びつくような気がします。そして、それをどうして表そうかと一生懸命取り組むことがまた楽しみや充実感につながるのだと思います。上手に描けたとかいう問題ではありません。結果だけを評価してしまうと、それを気にして「うまく描けないから描かない」となってしまいます。無理に描かせても嫌になるだけではないのでしょうか。

保育所保育指針第3章 保育の内容 1.保育のねらい及び内容 (2)教育に関わるねらい及び内容の「表現」に関する内容(子どもが経験すること)には次のような項目があげられています。

(イ)内容
①水、砂、土、紙、粘土など様々な素材に触れて楽しむ。
②保育士等と一緒に歌ったり、手遊びをしたり、リズムに合わせて体を動かしたりして遊ぶ。
③生活の中で様々な音、色、形、手触り、動き、味、香りなどに気付いたり、感じたりして楽しむ。
④生活の中で様々な出来事に触れ、イメージを豊かにする。
⑤様々な出来事の中で、感動したことを伝え合う楽しさを味わう。
⑥感じたこと、考えたことなどを音や動きなどで表現したり、自由にかいたり、つくったりする。
⑦いろいろな素材や用具に親しみ、工夫して遊ぶ。
⑧ 音楽に親しみ、歌を歌ったり、簡単なリズム楽器を使ったりする楽しさを味わう。
⑨ かいたり、つくったりすることを楽しみ、それを遊びに使ったり、飾ったりする。
⑩ 自分のイメージを動きや言葉などで表現したり、演じて遊んだりする楽しさを味わう。

「楽しむ」や「楽しさを味わう」という語がいかに多いことでしょう。子どもが自発的主体的に楽しんで取り組むことの大切さがよくわかります。わくわくしながら取り組んだ経験、おもしろくて一生懸命にやったこと、そんなうれしさで心が満たされてはじめてそのうれしさがあふれ出て表現されるのでしょう。物語の登場人物になったり、へとへとになるまで思いっきり遊んだり、子どもたちが心ゆくまでわくわく体験ができるように、環境を整えたいものです。

表現

2012/11/27

急に冬がやってきて、寒くなりました。さすがに鞍馬では雪は降りませんでしたが、少し北に行った花脊と峠や佐々里峠ではうっすらと雪化粧したという記事が新聞の夕刊にありました。いよいよ雪の季節です。

保育所保育指針の第1章総則 3.保育の原理 (1)保育の目標のなかのひとつに (カ)様々な体験を通して、豊かな感性や表現力を育み、創造性の芽生えを培うこと。 とあります。豊かな感性や表現力は、様々な体験を通してはじめて育まれます。まずは子どもたちが様々な体験ができる環境をどう構成するのか、ドキドキわくわくしながら関わりたくなる環境がどうすれば用意できるのかを考えることが必要なのだと思います。

そして、保育所保育指針第3章保育の内容の 1.保育のねらい及び内容が
(1)養護に関わるねらい及び内容 と
(2)教育に関わるねらい及び内容
の2つに分かれていて、(2)教育に関わるねらい及び内容が
(ア)健康
(イ)人間関係
(ウ)環境
(エ)言葉
(オ)表現
5つの項目で表されています。いわゆる5領域です。「教育に関する内容」とあるので、学校でいう「国語」「算数」などのように「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」という教科を教えなくてはならないように感じてしまうかもしれませんが、そうではなくて子どもの発達を見るための5つの視点です。指針の解説では子どもの発達をとらえる「窓口」という言葉が使われています。子どもたちの活動には、5領域全てにわたる要素が含まれているのです。

子どもたちが、絵を描いたり何かを作ったり、歌を歌ったりすることを「表現」という切り口から見てみようと思います。

「表現」にはこう書かれています。

感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して、豊かな感性や表現する力を養い、創造性を豊かにする。

そして、その「ねらい」には

(ア)ねらい
① いろいろな物の美しさなどに対する豊かな感性を持つ。
② 感じたことや考えたことを自分なりに表現して楽しむ。
③ 生活の中でイメージを豊かにし、様々な表現を楽しむ。

とあります。

子どもが様々な環境に関わる中で出会う不思議や驚き、気づきなどに感動することで豊かな感性を育み、その豊かな感性で環境に関わるからこそ心が動かされます。そして、それを誰かに伝えたいという気持ちが生まれる。嬉しい気持ちが歌となって溢れる。身体をゆらして踊りたくなる。心に満ちあふれる何かがあるからこそ、それを様々な方法で表現したくなるのです。

ねらいには「感性を持つ」「楽しむ」と謳われています。この「楽しむ」「楽しく取り組む」ことがあるからこそ子どもの「表現したくなる」が素直に現れるのです。このことが大切なのではないでしょうか。

「楽しむ」ためには一斉に絵を描かせるだけではない、他の方法も取り入れてみる必要がありそうです。

表すこと

2012/11/26

子どもたちは、絵を描いたり、何かを作ったりするのが大好きです。いろいろなものを作ったり表現して楽しんでいます。心で描いたイメージを形や音にしたいのです。「やってみたい」と思ってやっている子どもはとても集中し、全身全霊をかたむけて取り組んでいます。自分のイメージがどうすれば形になるか、表現できるか試行錯誤しながら挑戦している子どもの顔はとてもステキです。でも、全ての子が同じ時間に同じように絵を描きたいとは限りませんし、何かを作りたいと思っているわけではありません。

ところが大人は、例えばクラスという大人が勝手に決めた集団ごとに一斉に子どもに何かをさせようとしてしまいがちです。「ああしなさい。こうしなさい」と指示を出して大人の思うように子どもを動かしてなにかをさせようとしてしまいます。

そうして、一斉に何かをさせることで、無理にやらされる子が出てきてしまうのです。そんなことが度重なると、絵を描くこと、なにかを作ること、歌を歌うことが嫌いになってしまうかもしれません。子どもひとり一人の何が育って欲しいと願ってそのことをするのか、いつもその原点に戻って保育を考える必要があると思います。

大人の思ったように、何かをさせるのは専門性ではありません。「やりなさい」といってやらせるのであれば誰にでもできてしまいます。ひとり一人の育ちを理解した上で、子どもが「表現したい」と思えるような環境をいかに設定するかが専門性なのだと思います。

食べることを例に出すとわかりやすいと思います。にんじんの嫌いな子がいます。大人が好き嫌いをなくそうと意気込んで、無理矢理にでも食べさせれば子どもは食べます。しかし、それでは「にんじんっておいしい」という味覚が育たないだけではなく、にんじんがもっと嫌いにしてしまうかもしれません。そして「食べなさい」と言われなくなったら、強制されなくなったら食べなくなります。

それよりも周りの人が「おいしい、おいしい」といっておいしそうに食べる方が、「もしかしておいしいのかな?」「食べてみようかな?」という気になって自ら食べ始めます。そうして自ら食べようと思って食べた方が、大きくなってからも食べられるようになるのです。

今、無理矢理子どもの口に詰め込みたいのでしょうか?それとも、将来「にんじんっておいしいな」と思って食べられる子に育って欲しいのでしょうか?

何がしたいのか?原理原則に照らして、よくよく考える必要があると思います。絵を描いたり、何かを作ったり、歌を歌ったり楽器を演奏したりすることだって同じなのではないでしょうか。

ごっこの世界を通して

2012/11/26

最近の1歳児クラスのごっこ遊びを見ていると実に面白くて、自分達が日々経験した事がごっこ遊びの中に入ってきています。

例えば、お弁当デー以来カバンや風呂敷にお弁当入れてお出かけごっこをよくしていて、布のシートを広げると、皆で座って食べるまねをしながら「美味しいね〜。」といっています。

また、最近1歳児クラスだけで、よく行っているお決まりの散歩コースがあり、池の鯉や蟹に出会うのですが、ごっこの中でも「鯉さん来たよ〜オーイ」と言ったり「鯉さんにポイ!ごはんあげよか〜。」「カニさん、石の中にいるかな?」と、子どもたちは本当に散歩に行っているようです。

保育士が石をひとつひとつどけて蟹がいないか見ている姿も真似ながら「いないな〜寝てるかな?」「カニさん、いた。」と、ごっこ遊びも楽しめるようになってきています。

このような生きた体験が、ごっこの世界へとつながり、夢のようなお話が子ども達の間で無限に広がっていて、子どもって本当に凄いなぁ〜と感心します。

大人はこのような子どもの心の言葉をきちんと聞き取り、子どもの心を読み取り、寄り添い、共感し一緒になって喜びたいと思います。

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