shigaraki (鞍馬山保育園 の投稿者) - 112ページ目 (186ページ中)

生活の中で育つ子どもたち

2013/01/30

年明けから特に言葉数も増え、自分の思いもしっかり伝えられるようになってきたすみれぐみさん(1歳児)朝のおはようの発表の場でも恥ずかしがらず、むしろ嬉しそうにしっかり言えるようになってきました。また、給食準備の時も、友達のエプロン袋も持ってきて椅子にかけてくれたり、スプーンやフォークも並べてくれたりする姿も出てきています。
時には、自分でしたかった〜と、もう一度、最初からやり直してる事も1歳児クラスにはよくある光景ですが、友だちを手伝うという事が、周りの友達にも伝わって、次から他の子も自らしたり、会話しなくても嬉しそうに笑い合ったりする姿もあります。あんなに小さい身体で椅子を運ぼうともするし、人生において一番一生懸命なのは1歳児クラスじゃないかと言っても過言じゃないかと、最近思います。

濃茶

2013/01/29

花びら餅をいただいた後はいよいよお濃茶をいただきます。先生がこの日のために用意してくださったとてもおいしいお茶を先生自ら練ってくださいました。抹茶というと薄茶が一般的ですが、濃茶もおいしいものです。しかし、普段のお稽古で頻繁に濃茶をいただくのも大変なので、口にする機会は少なくなります。濃茶はその名のとおりとても濃く練ります。一椀に人数分のお茶を入れますが、この量が多いのです。そこにお湯を注いで練ると、濃い緑色のとろっとした状態になります。お茶碗をかたむけてもすぐには口元に届かないというとわかりやすいでしょうか。この状態なので、濃茶が初めての人の中にはちょっとためらう人もあるようです。濃茶は、3人から5人でまわし飲みするので、後の人のことを考えながら、三口半ほどいただいたら、湿らせた小茶巾で飲み口を拭いて次の方にお茶碗を渡します。

先生が丁寧に練ってくださった濃茶はとても滑らかで、口に含むと、さわやかなお茶の香りと上品な甘さが広がりました。お茶の種類、お茶とお湯の量、お湯の温度、練り加減によって味が異なります。絶妙の加減で練ってくださったのでとても甘く滑らかでおいしくいただきました。これほど甘いと思ったのは初めてです。濃茶に続いては薄茶です。今度は参加者が交代でお茶を点てていただきました。

松風と濃茶を練る茶筅の音だけが聞こえる小間に蝋梅がかすかに香り、やわらかなゆったりした時間が流れていていました。とても落ち着ける気持ちの良いひとときを過ごすことができました。いつも、バタバタと仕事に追われていないで、こんな時間を持つことも必要ですね。

はなびらもち

2013/01/28

今朝も厳しい寒さになりました。雪の量はそれほどではありませんが、道路は凍結していました。それでも、太陽が顔を出すとすぐに溶けだします。がんばって雪をどけたり、融雪剤をまいたりしていたのが、嘘のように溶けてしまいます。太陽の力の偉大さを改めて感じました。あたりまえのように朝になったら日が昇ると思いがちですが、お日さまを拝めることのありがたさを感じました。

太陽の暖かさや明るさは、分け隔てなくみんなに届きます。太陽みたいに、どんな人に対しても明るく暖かく接することができると良いと思います。

茶道の初釜について少し書いていますが、茶道は相手のことを思うことが基本にあります。亭主が客のことを思い心を運び、様々に趣向を凝らして迎える。客も亭主の心運びを感じて心を尽くす。そんな関係があります。一期一会と言われますが、相手にどれだけ心を尽くすことができるか、そこが肝心なところなのです。しかし、やることが多すぎたりして余裕がなくなると、心が尽くせなくなります。余裕を持ってひとつひとつ丁寧に取り組むためにはどうすれば良いのか、よく考える必要がありそうです。

茶道初釜のお菓子は、花びら餅でした。先生が毎年苦労して予約してくださるとてもおいしい花びら餅があったのですが、今年からそのお菓子屋さんが花びら餅を作るのを止められたそうです。お正月の楽しみの一つだった花びら餅がないのは寂しいのですが、仕方ありません。

以前もきんとんがとてもおいしいお菓子屋さんが、後継者がいないということでお店を閉められたことがありました。伝統や技術が受け継がれないのは寂しいを超えて、危機感さえ感じてしまいます。そんなことを思っていたら、つくね芋の入ったあんのきんとんの中に黄身あんが入った雪餅が食べたくなりました。この季節にとてもおいしかったのを思い出します。

そんなわけで、いつもの花びら餅が手に入らないので、先生がいろいろなお店のものを比べて選んでくださいました。みんなに少しでも美味しいものをというお心遣いがとてもありがたく、ついつい中途半端になってしまいがちな自分を反省してしまいました。

花びら餅は、蜜漬や甘煮のごぼうと味噌餡を求肥で包んだお菓子で、宮中のお雑煮だといわれています。菱葩ともいい、平安時代に行われていた「歯固」という行事に由来するそうです。歯固はお正月に硬いものを食べることで歯の根を固めて強くし、長寿を願うという風習です。大根、鴨肉、猪肉、押し鮎などをが食べられており、それが簡略化されて餅でつつむようになったそうです。

雪情報

2013/01/28

2013年1月28日(月)道路・雪情報

積雪量:1センチ

雪がうっすらと積もっています。
雪が積もっていないところでも凍結していますので、
十分注意してください。

       修養道場前

        鞍馬街道

大切に思う心

2013/01/27

厳しい冷え込みとなりました。今朝の気温は氷点下5度、この冬一番寒かったかもしれません。雪は場所によってはうっすらと積もっている程度でした。積雪量は少なくても気温が低いので、車に踏みしめられた雪は固まって道路はよく滑りました。

園から少し山を上がったところに、牛若丸に兵法虎の巻を授けたといわれる陰陽師、鬼一法眼を祀るお堂があり、その近くに小さな滝があります。滝の周りには氷の花が咲いていました。飛び散った滝のしぶきが周りの草や、苔について凍ってしまったのです。

氷の花も美しいですが、本物の花も美しいです。1輪の花、1本の枝の美しさを最大限に活かして、活けるのが華道だと思います。そのためには、その花の良いところを見つけなくてはなりませんし、他の花材との調和の中で、それぞれの良さが活きるよう考えなくてはなりません。1輪の花の長さ、向き、角度、様々な条件が少し違うだけで、見え方が全く異なります。自分で活けたものを先生が少し手直ししてくださると、見え方が全く異なります。1輪の花を大切に思い心を込めて丁寧に扱うことが必要なのです。                        

そう考えると人も同じかもしれません。ひとり一人を大切に思い、それぞれが輝くようにすれば、お互いが照らし合って、さらに輝きを増すことができるのだと思います。

そんな華道の初活けのことを書きました。初活けに続いては、茶道の初釜も行いました。初活けを行った部屋の隣が茶室なので、みんなそのまま蹲踞を使って躙り口からお席に入ります。お床を拝見すると、青竹を使って作った花器に若松、蝋梅、あけぼの椿を先生が用意してくださいました。蝋梅の香りに心が落ち着きます。青竹の花器は先生のお弟子さんが、山から取ってこられたのを5年も使っていらっしゃるそうです。青竹を青いまま保つのには、コツがあるようです。

先生のために山に分け入って取ってこられたお弟子さんの思い、それを受けて大切に使っていらっしゃる先生のお心に感銘を受けました。心を込め、大切に、丁寧に一つの物や事を扱う。改めてその大切さを思いました。

初活け

2013/01/26

今朝の気温は氷点下4度。寒中らしい冷え込みになりました。天気予報ではしきりに大雪の情報が流れています。1月26日の朝はかなりの積雪だろうと覚悟して、いつもより早めに起きてみたら、雪は全く積もっていませんでした。そのかわり、朝から冷たい風が強く吹いています。雪はもう少し後なのかもしれないと思って、雪かきをせずにすんだ時間に少し仕事ができました。ありがたいことです。

日中も気温が低いうえに、ピューピューと音を立てて強い風が吹いています。夕方、職員会議を終えて外に出てみると向かいの山を白くかすませて雪が飛んでいます。みるみるうちにうっすら積もりました。明日の朝こそ雪かきかと覚悟しましたが、夜には雪の降り方は弱くなりました。

それにしても、今年は例年に比べて今のところかなり雪が少なめです。もうすぐ立春ですが、2月は寒い月でもあります。まだまだ大雪の可能性は残っています。

1月もあっという間に終わってしまいそうです。お正月にはじまり、いろいろな行事が目白押しでした。チャレンジ体験も無事に終わり、ホッとしている暇もなく節分や作品展がやってきます。

1月の恒例の行事として、華道の初活けに参加しました。初活けは先生が皆の前で華を活けてくださいました。華材はケイオウザクラ、スカシユリ、アケボノツバキで、華が入ると部屋中が一気に春らしく明るくなりました。活け終わったお花を眺めながら、今年もお稽古に精進しましょうとみんな揃ってお屠蘇でお祝いをしました。お稽古をサボりがちな私は、ちょっと小さくなってしまいましたが・・・

短い時間でしたが、楽しいひとときでした。せっかくお稽古をしているのだから、何とか園の環境作りに活かしたいと思います。

におい

2013/01/25

地元の中学からチャレンジ体験(職場体験)に三日間、中学二年生が6名が来ています。そのうちの5名は当園の卒園生が希望して来てくれました。

子ども達は「お姉ちゃん先生(今年は全員女子なので)」と言って、中学生のまわりにくっついて遊んでいます。
今、年長児は午後保育で「観音様の絵」を修養道場で描いているのですが、その日の担当の中学生の一人が子ども達と一緒に来たときの話です。

修養道場に入って階段を歩いていると中学生が突然、「あー!このにおい、思い出した!懐かしい〜」と言いながら、うんうんとうなずいてました。

子ども達が観音様の絵を描き始めると「懐かしい〜。私も描いたわ〜」と言ってる姿を見て、においからフワッと昔の記憶を思い出す事があるんやな〜と思い、その子の年長児を見ているまなざしがやさしく、ちょっぴりお姉さんの言い方がかわいくて、私もその子が園児の頃の事を思い出した瞬間でした。

懐かしい「におい」

2013/01/25

当園には洛北中学から6名の中学生が職場体験に来てくれました。どういう訳か6名のうち5名が当園の卒園生です。久しぶりに見る顔は、卒園のときとそう変わっていない子もいれば、名前を聞かないと誰だかわからないほどの子もいます。

みんな久しぶりの保育園を懐かしがっていました。担当の職員が言っていたのですが、園舎や、お寺の修養道場に入ったときに「あー!このにおい!懐かしい!」と言っている子がいたそうです。

そういえば、「におい」がきっかけで、記憶が甦ってくることってよくあります。もちろん、懐かしい曲を聴いて、その頃のことを思い出すということはありますが、「におい」の場合は、よりリアルに思い出すという気がします。

詳しくはわかりませんが、においの情報が脳の中で処理されるときには、記憶に関する海馬や、情動や記憶に関わる扁桃体といった脳の部分と関係があるそうです。

久しぶりに園に来た卒園生が思い出したのは、どんな記憶や感情だったのでしょうか。

においに限らず、幼いころの記憶というのは大切だと思います。保育園で過ごす子どもたちが何を体験し、どんな記憶を刻むのか、一瞬一瞬、ひとり一人ちがう子どもが、その時に何を感じどう思うだろう?そして子どもたちが何を学ぶのだろう、ということを常に意識している必要がありそうです。

チャレンジ体験の様子

2013/01/24

チャレンジ体験に来ている洛北中学の2年生は、とても意欲的です。私が接しているのはお寺に体験に来ている10名ですが、何をするにも、さっと行動しますし、話しをすれば、しっかりと顔を見て聞いてくれます。みんなで声を出して般若心経を唱えましょうと促しました。たいていは後半にならないと声が出ないことが多いのですが、今年の子たちは初日から声を出していました。毎日午前中に行っている瞑想の時間も、30分間ほとんど動くことなく座っていますし、写経もとても丁寧にしています。

昼食は、音を立てないで食べる。食べ終わった後の食器をできるだけきれいにする。の2点に気をつけてほしいと伝えたら、器を置く音がしないよう工夫していましたし、食べ終わった後どうすれば器がきれいになるかいろいろ試していました。食器を片付けるのも、最初はそれぞれが自分の使った食器を持って返却場所に返しに行っていたのですが、2回目からは、先に食器を種類別に集めてそれを持って行く子、その間にテーブルを拭く子と役割を分担して片付けるようにしていました。

指導してくださったお寺の職員さんに聞いたら、掃除も丁寧にしていたようです。

自然の事象に触れて欲しいという願いから、毎年自然観察に関するメニューを入れていますが、今年はコウモリの観察をしました。担当してくださったのは、お寺で自然関係の調査研究をしていらっしゃる方です。お寺の建物にヒナコウモリというコウモリが集まって寒さをしのいでいる場所があります。今冬はとてもたくさんのコウモリが集まっていたので中学生にも見て欲しいという意図でした。ヒナコウモリが集団で越冬している場所というのはあまり見つかっていないようで、簡単に観察できるというのは全国でもめずらしいのだそうです。

でも、ただ見るだけではつまらないので、まず、コウモリの生態をすこし学んだ後、みんなでアクティビティーを楽しみました。コウモリが暗闇のなか超音波を使って獲物を捕まえたり障害物を避けて飛んでいるということをゲームにしたもので、目隠しをしたコウモリ役の人が、蛾の役の人を捕まえるというゲームです。とてもおもしろくて、みんな盛り上がりながら、コウモリの捕食行動を疑似体験していました。実際のコウモリを見たときもみんな興味津々で見入ったり、個体数を数えていました。

前向きに、積極的に行動する中学生達の姿が印象的だったチャレンジ体験でした。3日間があっという間に過ぎ去り、忙しいながらも、充実した楽しい時間を過ごすことができました。中学生の皆さんありがとうございました。

  扉のすき間のコウモリを観察

チャレンジ 1

2013/01/23

今年も「生き方探求・チャレンジ体験」の時期がやってきました。京都市立洛北中学校の2年生が職業体験にやってきます。1月22日から当園には6名の中学2年生が来ています。そして、今年はなぜか6名の体験者のうち5名が当園の卒園生です。みんな、久しぶりの保育園を懐かしがりながら体験しているそうです。「そうです」というのは、私自身はお寺に来ている10名の中学生と一緒に過ごしているので、園に来ている中学生とはまだ会っていないのです。

洛北中学のチャレンジ体験は、昨年までは体験期間が5日間に設定されていましたが、今年は3日間となりました。チャレンジ体験に費やす時間が短いので、受け入れる方としては、楽といえば楽なのですが、どこか寂しいような物足りないような気がします。

体験がはじまる前日の1月21日午後にオリエンテーションということで、体験参加者が訪ねてきてくれました。中学生を前に説明をしたり、プロフィールを聞いたりして中学生と話していたら「とても楽しい」と思っている自分に気がつきました。

当園の卒園生や鞍馬小学校で親しくしていた子どもたちが、参加者の半数を占めるということもあるかもしれませんが、楽しさはそれだけが原因ではないと思います。それにしても、みんな立派になったものです。

この子たちがチャレンジ体験に来ると聞いたときは、どこか「やりにくいな。」という感じがしていて、なぜやりにくいと思っているのかよく考えてみました。私の自宅にも遊びに来る子たちだったので、どうもチャレンジ体験という場で改まって接するのに違和感を感じていたのです。でも、なぜ改まって接する必要があるのでしょうか。普段通り接すれば良いのに、「チャレンジ体験の指導者らしくしなくては」といった勝手な思いこみが私の中にあったのだと思います。それなら肩の力を抜いて普段通りにしていればいいじゃないかという気持ちが生まれ、やりにくいという思いは少し解消しました。

「〜らしく」とか「こうあるべき」はどうも型にはめようということになってしまい、かえって本質からずれるような気がします。飾らず、気取らず、素の自分で、素直な自分で、楽しくやれば良いのだと思います。心からそうできるようになりたいものです。

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