shigaraki (鞍馬山保育園 の投稿者) - 37ページ目 (186ページ中)

ほほえむ 2

2015/09/16

地蔵盆のお参りで童形六体地蔵様が笑っていらっしゃったのを見た!そんな話を保育士の先生から聞いて、驚きました。

「園長先生は見えませんでしたか?」と聞かれましたが、そもそも私はお地蔵さまと反対側にいるみなさんの方を向いて話していたのですから、お地蔵さまのお姿は見えません。きっと笑っていらっしゃるんだろうな!と思っただけです。

「不思議なこともあるものですね!それは、きっと素直な心でいたから、見る事ができたんですね。」と言うと。保育士の先生は、「私だけじゃないんです。A先生も見たって言ってたし、年長ぐみのBちゃんも見たって言ってたんです。」「しかも、みんな同じように見ているんです。右から2番目と3番目のお地蔵さまが、輝きながら笑っていらっしゃったんです。」といいます。1人が見たと言っているのではなくて、3人に同じように見えたと言うのですから、本当に不思議です。

きっとお地蔵さまは、子どもたちをはじめ、多くの方の気持ちを歓んでくださっているのでしょう。これからも、ほほえんでみんなを守ってくださいますように。

そういえば、お地蔵さまの御真言は、「オン、カカカ、ビサマエイ、ソワカ」(om ha-ha-ha vismaye svaha)アルファベットはサンスクリットの音をアルファベットで表したものですが、「カカカ」と唱えているところはサンスクリットでは、ha-ha-haの音です。「ハハハ」と大笑いされていらっしゃるという意味だともいわれています。

何があっても「笑い」に変える事ができる、そんな心の力を授けてくださるとうれしいです。

ほほえむ 1

2015/09/15

地蔵盆が終わって数日が過ぎたある日のことです。保育士の先生と話していたら、急に何かを思い出したように、「地蔵盆の時のこと覚えていますか?」と先生がたずねます。地蔵盆の何を覚えているのかと聞いているのかな?と考えていると、「みんなで童形六体地蔵尊の前でお参りをした後の挨拶の中で、園長先生は、お地蔵さまも笑っていらっしゃるという話をしましたよね?」と言います。

確かに、年長児が一所懸命にお身拭いをして、卒園児のお母様が作ってくださった、よだれかけを着けてさし上げて、皆様からいただいたたくさんの供物をお供えして、みんなでお経を唱えて、多くの方々のお地蔵さまに対する思いがたくさん集まって、今日の日を迎えられたことを思い直しながら、きっとお地蔵さまは歓んで、笑ってらっしゃるだろうな。という気がしたので、そんなことを言ったのを思い出しました。

保育士の先生にそう説明すると、「園長先生はどのお地蔵さまが笑っていらっしゃると思ったのですか?」と更にたずねます。最初何を言っているのか理解ができず、「どういう意味だろう」と考えていたら、考えている私の顔に気づいたのか、「六体いらっしゃるお地蔵さまのうちの、どのお地蔵さまが笑っていらっしゃると感じたのですか?例えば右から何番目とか左から何番目とか。」といいます。「細かいことを聞くんだなー」と思いましたが、「六体のお地蔵さまみんなが笑っていらっしゃるだろうなー!と思った。」と伝えました。

「そうですかー」というので「どうして?」とたずねると
「私には見えたんです。右から二番目と三番目のお地蔵さまが笑っていらっしゃるのが!しかも園長先生が、お地蔵さまも笑ってらっしゃるといった瞬間にお地蔵さまのお姿が輝いて、笑っていらっしゃるように見えたんです。それが、右から二番目と三番目のお地蔵さまだったんです。」と興奮気味に伝えてくれたのでした。

不思議なことがあるものですね。

地蔵盆の行事

2015/09/14

子どもたちのおかげで、美しくなられたお地蔵さまに、丁寧に作っていただいたよだれかけをかけて差し上げて、いよいよ地蔵盆を迎えます。子どもたちの思い、よだれかけを作ってくださった方の思い、そして、地蔵盆にお地蔵さまへお供えをしてくださった方々、その他にも多くの方の思いが集まっているのですね。

そうして迎えた地蔵盆の行事、今年は8月23日が日曜日にあたっていたので、前日の22日に行いました。

例年通り、最初はお寺の参道を少し登ったところにある、川上地蔵尊にお参りします。3・4・5歳児たちと学童に来ている小学生たちが参加してくれました。みんなで般若心経を唱えたあと、お地蔵さまのご真言を唱えながら、子どもたちがひとりひとり、順にお地蔵さまの近くまで来てお参りをしました。

園にもどってきて童形六体地蔵尊の前でもう一度お参りです。ここでは、0・1・2歳児の子どもたちも加わり、いろいろと協力してくださったお寺の外郭団体「くらま会」の皆様もや地域の方々もお参りしてくださいました。お参りしながら、お身ぬぐいをしていた年長児の姿が思い起こされて、きっとお地蔵さまも歓んでいらっしゃるのだろうなーって感じました。

そして、最後には園舎の2階でみんなで輪になって数珠繰りをしました。大きなお数珠をみんなで握って輪になって、お地蔵さまの真言を唱えながら、まわします。園児の数も小学生の数も多くなって、1回では無理なので、去年から、園児と小学生を分けて、数珠繰りを2回行っています。

それにしても、子どもたちは長い時間のお参りにもかかわらず、元気よくお参りを続ける者だと思います。もちろんお供えのお下がりをもらえるという、うれしさもあるのかもしれませんが、決してそれだけではないように思います。一心にお祈りをする子どもたちの姿は、まさにお地蔵さまです。

お地蔵さまのよだれかけ

2015/09/13

年長児が一所懸命にお身拭いをしてくれたので、童形六体地蔵尊は、とても美しくなられました。お地蔵さまの前にあるお供え物を置く台まで、洗い残しなく美しくなりました。子どもたちだけでこんなに美しく仕上げられるなんて!と驚くほどです。それもそのはず、最後までがんばっていた子どもたちは、「もうお昼ごはんだから、そろそろ終わりにしようか。」と声をかけられるまで、真剣に取り組んでいたのですから。

最後にみんなで手をあわせて「お地蔵さまありがとうございました。」と言ったあと、子どもたちに「お地蔵さまは、きっと歓んでいらっしゃるね。」と声をかけると、とても満足げな笑顔で、うなずいてkれました。

夕方になって、お地蔵さまが乾いてくると、美しくなったのが一層よくわかりました。降園時にお地蔵さまに手をあわせた年長児は、美しくなったお地蔵さまをを見てうれしかったことでしょう。

美しくなられたお地蔵さまに、卒園児の保護者が作って奉納してくださったよだれかけをかけて差し上げました。前にも書きましたが、このよだれかけを作ってくださっているのは、もう20年以上も前に卒園された方のお母様です。当時の卒園児も今ではお父さんですから、時の時の経つのは早いものです。毎年地蔵盆前と年末に六体地蔵様それぞれによだれかけを作って奉納してくださっています。年に2回とはいえ、20年以上続けるのは大変なことです。今年も地蔵盆によだれかけを作って奉納してくださいました。添えられていた手紙には、子どもが保育園に通っていたときに作ったカバンの布地で作った。と書いてありました。当時のものを大切に残していらっしゃったのです。
なにかその一言から、その方が、全てのことに丁寧に取り組んでいらっしゃるのだろうなー!と感じ、見習わなくては・・・と思いました。

ついつい、忙しさに流されて、丁寧に取り組めていないことが多い自分になっているのではないか。ふり返るきっかけをいただき、ありがたいことです。

20150913_お地蔵さまのよだれかけ

浄める 2

2015/09/12

園の入口にいらっしゃる、童形六体地蔵尊。子どもたちは登降園のときにいつも手を合わせています。地蔵盆を前に、年長児たちが、いつも守ってくださってくださっているお地蔵様のお身拭いをしました。楽しく、そして真剣に取り組んでくれたので、お地蔵さまもずいぶん美しくなりました。40分くらいがんばったので、「そろそろ、おしまいにしますか?」と保育士の先生が声をかけると、何人かの子どもたちは、満足げな顔でうなずいて部屋に入りましたが、4人の女の子が「もっときれいにしたい!」と言いだしてお身拭いを続けることになりました。

しばらくしてから、お身拭いはどうなったかな?と思って見に行くと、4人のパワーは衰えることなく一所懸命にお身拭いを続けています。磨き残したところを探しては美しくしていました。子どもたちの神神しいともいえる子どもたちの姿に、私は「せめて少しでも手伝わせてください。」という気持ちになりました。「先生も手伝っていい?」ときくと「うん!いっしょにやろ!」と快く受け入れてくれました。子どもたちと並んでお地蔵さまを磨いていると、子どもたちの一所懸命さが肌で感じられて、うれしいというか、ありがたいというかとても幸せな気持ちになります。ありがたいことだなと思いながらお身ぬぐいを続けていると、自然とお地蔵さまのご真言を唱えていました。子どもが「何言ってるの?」「あっ!知ってる!お数珠まわしの時に言うことばや!」と口々に言います。地蔵盆の行事の最後に園舎の2階でみんなで輪になって数珠繰りをするのですが、その時にお地蔵さまのご真言を唱えるのを、子どもたちは覚えていたのです。
ご真言を唱えながら、お身拭いを続けていると、子どもたちの1人が、般若心経を唱え出しました。「おっ!そうきたか!」と思いながらこちらも声を合わせると、次第に他の子どもたちも唱えだして、全員で大合唱といった感じになり、般若心経を一巻唱えていました。そんな子どもたちの姿は目の前にいらっしゃるお地蔵さまそのものだと思いました。

お地蔵さまは、様々な姿になって苦しんでいる人々を救ってくださるそうです。子どもたちは、お地蔵さまですね。お地蔵さまが子どもの姿になって、私たちを導いてくださっている。そう思うと、ありがたい以外になにもありません。子どもだけではありません。子どもも大人も、もしかしたら、鳥や虫や花も、お地蔵さまかもしれませんね。いつもそう思っていられたら、どんなにありがたいことでしょう。子どもたちからそんなことを教えてもらいました。

20150911_浄める2

浄める 1

2015/09/11

20150911_浄める1_1地蔵盆を前に、童形六体地蔵尊のお身拭いをすることになった年長児たち。何だかうれしそうです。「今からお地蔵さまのお身拭いをするので、その前にお地蔵さまを拝んでください。」と私のところにやってきました。お地蔵さまの前にならんで、みんなで毎日唱えている般若心経とお地蔵さまのご真言を唱えました。年長児ともなると慣れたもので、唱え方も堂々としています。

お地蔵さまに、お身拭いをさせてください。とご挨拶したら、いよいよお身拭いスタートです。たわしやスポンジ、歯ブラシを使って、お地蔵さまをゴシゴシ。細かな凹凸があり、20150911_浄める1_2苔や汚れがとりにくいところもあるのですが、子どもたちは、たわしや歯ブラシなど道具をうまく使い分けて洗っていました。しばらく磨いてから、水で洗い流すと汚れが落ちていることがわかり、うれしくなってさらにまた洗うことの繰り返しです。

「あんまりきつくしたら、お地蔵さま痛がらはるで。」「お地蔵さまは気持ちがいいって思ったはるかな?」「歯も磨いてあげよ。」「お供え物の台もきれいにしなきゃ。」などといいながら、子どもたちはとても楽しそうです。

お身ぬぐいをする子どもたちに、参拝者の方々が「みんな偉いね!」「がんばってるね!」と励ましの声をかけてくださるので、子どもたちもうれしくなって、更に張り切っていました。

自分のやっていることを、誰かに、認め、共感し、励ましてもらうことは、とてもうれしいことです。それを素直に表現する子どもたちの純粋さを改めて感じました。だからこそ、私たち保育者が、日々の関わり方をはじめとした環境をどう整えるのかがとても大切になってくるのです。純粋な子どもたちはすぐに環境の影響を受けます。まわりの大人は一挙手一投足、自分の気持ちのありようにまで注意を払い、浄める必要があるのですね。

地蔵盆を迎える

2015/09/10

涼風が立って季節は秋です。台風18号から変わった低気圧が各地に大雨をもたらしているようですが、大丈夫でしょうか。被害が少ないことを祈ります。京都は大雨警報が発令されていたものの、風、雨ともにそれほど強くなく、無事に過ごすことができました。ありがたいことです。

少し時間はもどりますが、当園の夏の恒例の行事として、地蔵盆があります。前にも書きましたが、お地蔵さまのご縁日は毎月24日です。お盆の月の8月24日(以前は7月24日)は特に大切な縁日として地蔵盆が行われるようになったという説もあります。この日は、普段から各町内にいらっしゃる地蔵さまを、特別に作った祭壇の上に祀り、その前で子どもたちが大きなお数珠をまわす数珠繰りをしたり、遊んだり、飲食したりする、子どもが主役の行事です。

保育園の玄関前にも「童形六体地蔵尊」というお地蔵さまがいらっしゃいますし、お寺の境内には、お地蔵さまが祀られたお堂がいくつかあり、地蔵盆にはみんなでお参りをします。園児たちは由岐神社近くの、川上地蔵尊と園舎の前にいらっしゃる童形六体地蔵尊にお参りをしています。

そんな地蔵盆を迎えるにあたって、毎年年長児が、童形六体地蔵尊のお身拭いをします。大きな石に子どもの姿をした六体の地蔵菩薩のお姿が刻んであるので、
その石仏に付いた汚れや苔をたわしを使って、きれいに洗い清めるのです。

今年は8月17日に年長児たちが、お地蔵さまのお身拭いを行いました。

変化

2015/09/09

今日、9月9日は重陽の節句です。1月7日の人日の節句、3月3日の上巳の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕の節句、9月9日の重陽の節句の五節句を締めくくる節句です。

中国の陰陽思想では、全てのものは「陰」と「陽」で成り立っているという考えがあり、数も偶数は「陰」奇数は「陽」とされています。陽の数の一番大きな九が重なる日なので、「重陽の節句」と言われるそうです。重陽の節句は「菊の節句」ともいい、季節の花である菊を用いてお祝いする習慣があります。菊の花びらを浮かべたお酒をいただいたり、「菊の被せ綿」といって、露よけの綿を菊の花にかぶせ、露と菊の香りが染み込んだ綿で体を拭くことで、邪気を払い長寿を願う、という風習があったそうです。何とも風流ですね。

ちなみに、昨日、9月8日は二十四節季の一つ、白露 (はくろ) でした。露がむすぶようになると、秋のおとずれを感じます。

時は流れ、季節は進みんで、自然は少しずつ少しずつ変化してゆきます。気がついたら、季節が移り変わっていた。「ついこの間まで暑い暑いと言っていたのに、もう寒くなったね。」なんて言うのもすぐなんでしょう。こうやって、ゆっくりと変化してゆくと、変化に気づきにくいものです。

全てのものは常に変化しています。自分だってそうです。一つのことができた。と思っても、磨き続けないといつの間にかできなくなっていたり、良い状態でいられていると思っていても、いつの間にか、変な思い込みに流されていたりするものです。だからこそ、いつも自分を見つめ、流されていないか、良くない方に変わっていっていないか、気をつけて修正し続ける必要があるのでしょうね。

まるで、掃除のようです。いくらきれいに掃除をしても、何もしないで放っておくと、すぐに汚れてしまう。自分の心も汚れていっていくことを常に意識して、ふり返り、お掃除する必要があるのだと思います。

蝉

2015/08/25

おやつの時のことです。
年長児の女の子に「なんで蝉は鳴くの?」と聞かれました。
結婚相手を探すために一生懸命鳴いてはるんやで、と答えるとその女の子は
「蝉ってすぐに死んでしまうんやろ?やから一生懸命鳴いて、一生懸命結婚相手を探してはるんかぁ。蝉ってかわいそうやなぁ。」
と言ってくれました。
すると隣に座っていた同じく年長児の女の子が
「なんでかわいそうなん!?すごいことやん!あんな大きな声で鳴いてお嫁さん探してはるんやで!わたしには出来ひんわ!」
と言ってくれました。
誕生してから迎える七度目の夏に、彼女たちはこんなに暖かく優しい気持ちで蝉のことを想えるんだなぁと感慨深い気持ちになりました。

「見つめる」

2015/08/24

朝のお集まりのあとの事です。

二階の廊下で、三歳児と四歳児の男の子が二人で、なにやら口げんかが始まっていました。
それに気づいたまわりの子も二人を囲むように集まってきた時です。
すっと、五歳児の◯◯ちゃんが真ん中に入り
まわりの子に「ここは大丈夫やで。大丈夫」と言って、集まってきた子をむこうに行くよう促したと思うと、口げんかしてる男の子の中に入り、ちょっとかがみ腰で二人の子の顔を下からじっと見上げながら「どうしたん?なにがあったん?」と、しっかりした態度で丁寧に、二人の子の目を見つめながら話を聞き出したのです。
昨年までは、年長さんに聞いてもらっていた◯◯ちゃんだったのに。
二人の男の子は話を聞いてもらって、気持ちが落ち着いたのか、その場は自然とおさまりました。
◯◯ちゃんもスッとその場からいなくなりました。
この場に大人の出る必要はなく、私はしばらくさわやかな感動にひたっていました。

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