鞍馬行きの電車の中から外の景色を見るのが大好きです。特に夜から朝にかけて雨が降ったときは最高です。貴船の駅の電車すれすれにのびている、もみじの大木、その枝の太いところから先端の小さな小さな小枝にいたるまで、無数の水滴がついているんです。朝日に照らされて、それはなんとも例えようのない美しさなんです。いろんな大きさの真珠が、もみじの木をおおいつくしているようで…。「命って、どんなの?」と聞かれたら、「この輝いている一粒、一粒が命なのよ」と答えたい心境になります。
命
2012/02/25
2012/02/25
鞍馬行きの電車の中から外の景色を見るのが大好きです。特に夜から朝にかけて雨が降ったときは最高です。貴船の駅の電車すれすれにのびている、もみじの大木、その枝の太いところから先端の小さな小さな小枝にいたるまで、無数の水滴がついているんです。朝日に照らされて、それはなんとも例えようのない美しさなんです。いろんな大きさの真珠が、もみじの木をおおいつくしているようで…。「命って、どんなの?」と聞かれたら、「この輝いている一粒、一粒が命なのよ」と答えたい心境になります。
2012/02/24
月齢といっても今回は赤ちゃんではありません。夜空に輝く月です。海に関わる仕事でもしていない限り普段の生活の中では月を意識することは少ないと思います。
家に月の満ち欠けを現したカレンダーがあります。簡単な物なので詳しいことまではわかりませんが、そのカレンダーによれば、2月22日が朔(さく)です。朔は、月が太陽と同じ方向に来るため地球からは見えなくなる日で、現在は新月とも呼ばれています。朔の含まれる日を1日とする太陰暦の3日に見える月を三日月というそうです。2月24日は三日月です。三日月を見ようと思いましたが、見ることができませんでした。三日月は、日没後すぐに沈むので気をつけていないと見ることができません。
昔は月の満ち欠けによる暦を用いていました。朔から次の朔までを一月とします。それは約29.5日なので、12回繰り返すと約354日になり、太陽暦の1年(365日)より11日足りないので、約3年に一度閏月を足して調整していました。太陰太陽暦といいます。
基本的には日々の生活のための暦はに密着していたので、月にはさまざまな呼び名があります。
十五夜の満月は日没と同時に東の空から昇り、明け方に西の空に沈みますが、十五夜を境に月が出る時間が少しずつ遅くなります。
16日は「十六夜」(いざよい)、17日は月が出るのを立って待つ「立待月」、18日は、立って待つには月の出るのが遅いので「居待月」、19日は、寝て待つ「寝待月」、20日は夜が更けてから月がのぼるので「更待月」ステキな名前ですね。
たまには月をゆっくりと眺める心の余裕を持ちたいものです。
2012/02/24
ある日の子どものつぶやき…
「ぼくが歩くとおつきさんがついてくる。おつきさんって、足あるん?」 4歳 男児
2012/02/23
2月22日の京都新聞に「顔色見て学習 人間特有 京大グループ、チンパンジーと比較」という記事がありました。京都大学の明和政子教育学研究科准教授、平田聡霊長類研究所准教授たちの研究です。
「学ぶ」と「真似」ということばは語源が同じで学ぶことは真似ることから始まります。真似するためには、他者の行為を見ることが大きな役割を果たしますが、どこを見ているのか、つまり何に重点をおいて見ているのかは、他者の行為を理解し、学ぶ上で重要な部分です。
准教授たちは、アイ・トラッカーという視線の動きを計測する機械を用いて、生後8ヶ月・12ヶ月のヒト乳児と、ヒト成人、チンパンジーが、それぞれ他者の行為を見るときのスタイルを比較するという方法で、研究をしました。
ヒトとチンパンジーで他者の行為理解のスタイルが明確に異なっている点が見出されたそうです。チンパンジーが物に視線を向けていたのに対し、とくにヒトの乳児はチンパンジーに比べて長い時間、他者の顔を見ることがわかったそうです。他者の顔を見ることは、他者の心を推測する過程を反映していると考えられます。他者が何に注目しているか、どんな意図をもってものを操作しているのかといった心の状態を推し量るために、顔を見るのだろうと解釈できます。
ヒトは、操作されている物と、操作する他者の情報を統合させて、行為の目的を予測し、理解するスタイルをとるのに対し、チンパンジーはおもに物の情報、たとえば物と物との因果関係に注目して、行為を予測、理解することがこの研究によって明らかとなりました。
ヒトが他者の行為から学ぶのは、行為の表面的な部分だけではありません。他者の行為の背後にある心の状態をも推測し、予測と照らし合わせながら柔軟に判断するという深い理解にもとづくものです。これは、ヒトが複雑な社会的環境の中で生存する上で、適応的な学びのスタイルであったと考えられます。ヒトは、他者の顔色を見て、心の状態と照らし合わせながら次の展開を予測するよう発達していくといえるでしょう。と結論づけています。
ヒトの学びが、他者の行為だけでなく心も理解しようとするスタイルで行われるということは、乳児に他者の心を理解する能力があるということ。子どもを育てるということは、育てる人の心までもが伝わるということです。乳幼児を育てている私たちが決して忘れてはならないことだと思います。
*京都大学ホームページを参考にさせていただきました。
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2011/120222_1.htm
2012/02/22
鞍馬小学校の1年生から4年生まで8人の児童と4人の先生、校長先生がら来園してくださいました。小学生との交流会です。今までは5歳児が小学校に出向くことが多かったのですが、今回は小学生が来園してくださり、5歳児だけでなく3・4歳児も一緒に楽しみました。
4年生の司会進行で、まずはみんなで歌を歌います。曲は「うれしいひな祭り」小学生はもちろん園児たちも元気に歌い、歌の後は小学生のリードで、みんながつながる「貨物列車」や輪になって楽しむゲームをしました。
2012/02/21
先日、2歳児の子どもたちが、買い物に行きました。といっても鞍馬の田舎にはお店がないので、叡山電車に20分ほど揺られて、園の食材を納入してくださっているお店まで行きました。何を買いに行ったと思いますか。油揚げです。なぜ油揚げ?と思いますよね。実はストーリーがあるのです。
直接的には、クッキング保育で、いなり寿司をつくるので、その材料の油揚げが必要だったのです。なぜ2歳児のクッキングで、いなり寿司?そんな手の込んだものを2歳児が???と?がいっぱいになっていらっしゃる方もあるかもしれませんね。重要なのは油揚げだったのです。
「こんたのおつかい」(作・絵: 田中 友佳子 徳間書店 刊) という絵本があります。いつのころからか2歳児たちのお気に入りの絵本になっていました。主人公のこんたがお母さんに頼まれておあげ(油揚げ)を買いに行くというお話です。こどもたちが、とても気に入っていたので、発表会の題材にとして劇遊びを楽しみました。
それだけで終わらせず、次につなげたいという担任の思いもあったのでしょう。おあげを使ったクッキングが、いなり寿司になったのでした。
子どもたちが、絵本の主人公、こんたになりきって、買い物にいったことが想像できて、思わずほほえんでしまいます。絵本で、おあげを売っているのは、くまのおじさんですが、子どもたちが実際にお店に行った時に「くまのおじさん、いないね。」と言っていたそうです。
子どもたちの中で、絵本の世界と、現実とがフュージョンした、ファンタジーの世界が、どこまでも広がっていたのだな、と思います。この時期にしか味わえないファンタジーの世界を思う存分味わわせてあげたいものです。
2012/02/21
2月のはじめ頃は、とても冷え込んでいました。鞍馬の駅の温度計はマイナス5℃、子ども達も「寒い、寒い」と言いながら園へと急ぎます。
山門近くであっちこっちにつららを発見。めずらしそうに、私も僕もと手に取っていました。手袋の上から、そーっと持っていたさくら組の○○ちゃん、とても大切な宝物のように…
園に近づくにつれ、だんだん顔の様子が変わってきました。手が冷たくて痛くて、とうとう泣いてしまいました。
○○ちゃん、つららがどんなものか、よくわかったかな?
2012/02/20
先日、久しぶりに左京区の園長会の集まりに参加しました。最近はなかなか参加ができずにいましたが、今回は園長先生方と主任保育士の先生方との合同研修会です。研修の内容は新しく定められる京都市の条例についてでです。
地方分権の流れの中で、地方自治体の自主性を強化、自由度拡大のため国が定める義務付け・枠付けの見直しが図られることとなり、児童福祉施設の設備及び運営に関する基準を京都市が条例で定めなければならないこととなったそうです。その条例骨子案について保育課の方が説明してくださいました。
簡単に言えば、今まで国が決めていた様々な基準を、地方自治体が決めるということです。もちろん地方が全て独自に決めて良いというものではなく、条例で定めるに当たっての「従うべき基準」(必ず適合しなければならない基準)、「標準」(通常よるべき基準)及び「参酌すべき基準」(十分参照したうえで判断しなければならない基準)というのが示されています。
「従うべき基準」というのは、児童福祉施設のサービスの質に深刻な悪影響が生じる大切な事項については全国一律の設備運営基準が維持されており、これを下回る基準を地方が定めることはできません。そのひとつに人員配置基準があります。つまり、子ども何人に対して保育士を何人配置すべきかという基準です。国で決めている基準は次の通りです。0歳児3人に対して保育士1人(3:1)1歳児6人に対して保育士1人(6:1)、2歳児も1歳児と同じ(6:1)、3歳児20人に対して保育士1人(20:1)4歳児30人に対して保育士1人(30:1)5歳児も4歳児と同じ(30:1)です。わかりやすいように京都市の基準と比較して、書き出してみます。
国の基準 京都市の基準
0歳児 3:1 3:1
1歳児 6:1 5:1
2歳児 6:1 6:1
3歳児 20:1 15:1
4歳児 30:1 20:1
5歳児 30:1 25:1
京都市の基準は国を上回る基準となっています。こう書くと京都市では条例ができて新しい基準になり、保育士さんをたくさん雇うことができるかのようなイメージを持つ方もあると思いますが、そうではなく、すでに現行の基準がこうなっていて、それが条例で定められるようになるということです。ですから実質的に何かが変わるわけではありません。
あらためて国基準と比べてみると、恵まれていると思います。国の基準が適用されている自治体もたくさんあるのですから。
2012/02/19
雪遊びの定番のひとつに雪だるま作りがあります。今年初めてのまとまった雪に子どもたちの何人かは雪だるま作りに興じていました。5歳児の女の子が「先生見て!」というので行ってみると、小さなかわいらしい雪だるまが座っていました。他の子も何人かで力を合わせて自分たちと背丈が同じくらいの雪だるまを作っています。「鼻は何で作ったらええかなー」と相談していました。
もっとたくさん雪が積もればかまくらを作ることもできるのですが、残念ながら少し雪不足です。
他にも楽しい雪遊びはたくさんありますが、子どもたちの人気はソリです。坂は園の前にお寺の参道があります。ソリは本格的なものは園にはないのでポリ袋を敷いて滑ります。単純ですがこれが結構滑れるのです。最初斜面が滑りやすく整うまではそうでもないのですが、何度か滑っているうちに、よく滑るようになります。
昨日は、まず2歳児を中心に挑戦していました。慣れないうちはどうすれば良いのかわからず、戸惑っていますがコツをつかむとどんどん滑ります。そのうち手が冷たくなって泣いてしまう子もいましたが、2歳児のYくんは、何度も何度もすごい勢いで滑っていました。
それも、おしりで滑るのではなくポリ袋のうえに腹ばいになり頭を下にしてスーパーマンが飛ぶようにして滑って行きます。体制こそ違いますが、黙々と滑っている姿は、まるでリュージュの選手がトレーニングをしているかのようでした。
3・4・5歳児は、毎月18日にお寺の貫主様と観音様の前でお参りをしています。お参りから戻ってきた子どもたちは、
ソリ遊びをしたい子と園庭で雪合戦や雪だるま作りをしたい子に分かれて雪を楽しみました。ソリ遊びでは子どもたちは最初から大喜び、心の底から楽しくてしょうがないというような笑い声をあげて滑ってゆきます。その笑顔と歓声に、こちらも心の底から嬉しくなります。こどもたちのこの笑顔がもっとずっと輝き続けることを祈らずにはいられません。
2012/02/18
ついに雪が降って積もりました。昨夜11時近くになってから降り出して、みるみるうちに積もりました。今朝はもっとたくさん積もっているかと思ったのですが、測ってみると20センチでした。今冬初めての本格的な雪です。
しかし、1月末から2月始めにかけてのような寒さはありません。このあたりでは、寒すぎると雪は降らないといわれています。
木々の枝は雪の花が咲いたようになって青空に映えています。朝から雪かきで一汗かきました。指先がとても冷たくなりますが、終わったとはとてもさわやかな気分になります。雪かきは大変ですが、雪は好きです。
雪に被われると、世界がちがって見えるからです。
園に行くと、子どもたちは早々と園庭で雪遊びを始めていました。雪合戦をしている子、雪の上を走り回っている子、それぞれに初めての雪を堪能しています。
大きなたらいに雪をたくさん詰めている子どもたちがいました。何をしているのと聞いても教えてくれません。しばらくすると、保育士が試験管とジュースを持って来ました。前にも紹介しましたが、
雪を使ってアイスキャンディーを作ろうとしているのです。5歳児は以前作ったことがあるので、何が起こるか知っているのですが、他の子には「どうなるかお楽しみ」になっていたようです。保育士は、子どもたちにどうなるか考えてもらおうと思って、いろいろと質問をしていました。昼食後、できあがったアイスキャンディーをみんなで食べました。中身はいつも飲んでいるリンゴジュースですが、
雪を使ってみんなで作ったアイスキャンディーの味は格別だったようで、みんな目をキラキラさせて、おいしそうに食べていました。