shigaraki (鞍馬山保育園 の投稿者) - 105ページ目 (186ページ中)

お別れ会

2013/03/25

お別れ会の日は、今まで、お世話になった、ゆりぐみ(5歳児)さんに、ありがとうの気持ちを込めて、小さいぐみから手作りのプレゼントを渡したり一緒に遊んだり、ゆりぐみさんのリクエストの給食メニューを全クラス一緒に頂いたりします。

その他にも今回は、ゆりぐみさんが話し合って、大好きな「ハレハレホ—」の歌やこままわしも皆の前で披露してくれることになりました。披露する事が決まってから、保育園だけでなく、家に帰ってからも、お父さんに教えてもらったりして、それぞれ一生懸命こまをまわす練習をしていたようで、当日の朝も「ドキドキしてきた〜」「回るかな〜緊張してきた」と言ってる子、やるぞ〜と朝から気合いを入れている子もいて、そんな思いで当日を迎えようとしてる事を知り、私まで嬉しくなってきました。

今まで一度も回せたことのなかった子も本番、二回目には回すことができて、他の子も自分の事のように喜び、手と手を取り合う場面もあり、感動しました。

また、次に年長ぐみになる、ひまわりぐみさんも、そんなゆりぐみさんの姿を釘付けで見てる姿が印象的でした。小学校に行っても、何かに一生懸命取り組んだり、人の事も自分の事のように喜べる気持ちをもち続けてほしいと、思います。

道徳 1

2013/03/24

いじめや体罰など子どもが犠牲になる事件がたくさん起きています。多くの人が現状を憂い、このままではいけない、何とかしなくてはと思っているはずです。どうすれば良いのでしょうか。

今年1月教育再生実行会議の開催が閣議決定され、3月22日までに4回の会議が持たれています。2月26日には「いじめの問題等への対応について 」という第一次提言が出されました。提言には、道徳の教科化、いじめ対策の法制化、いじめに向き合う体制の構築、毅然とした指導、体罰禁止の徹底が謳われています。

これを読んだときに、私はどこかしっくりこない感じがしました。道徳を教科にするということは、子どもに道徳を「教える」ことを強化してゆこうということだと思います。道徳って教えるものなのでしょうか?

道徳には教科として教えられる部分というのもあるかもしれませんが、社会生活を送るための基本は、他の人との関係性をどう持ってゆくかということです。それは誰かに教えられてわかることではないように思います。例えわかったといっても、それは頭でわかっただけで、心で感じたり、魂に染みこむようなものとは違います。心や魂でわかるためには、赤ちゃんの時から主体的に環境に働きかけて活動することを保証され、適切に見守られながら育つこと。他の子どもと関わる機会をたくさん持っていることが大切なのだと思います。他の子どもとの関わりは楽しいことばかりではありません。ケンカを通して自分の想いだけを通すことはできないことを体験し、相手の想いを推し量ることなど様々な体験をすることで、自立と自律を学んでゆきます。これは体験を通して生活の中で学ぶことなのだと思うのです。だからこそ、0歳のときから他の子どもとわることが、大切になってくるのです。

自分の心からわき上がってくる思いが道徳の基本にあるように思えてなりません。

プレゼント

2013/03/23

5歳児たちが卒園してゆくにあたって保護者の皆様から記念品を頂戴しました。まず一つ目は、万が一のときのための防災頭巾を整えさせていただきました。二つ目は、タペストリーになったカレンダーです。縦80センチ、横60センチくらいの大きさのタペストリーにマス目状の刺繍が施してあります。そのマス目に綿が入った丸い布にフエルトでつくった1から31までの数字を縫い付けたものをマジックテープで貼り付けるようになっています。これが日にちなので、31まであるのです。月の数字はマス目の左右に並んでいて、当月の数字をカレンダーのまん中に貼ります。余ったマス目には子どもたちひとり一人が思い思いに飾り付けた布を貼るようになっています。手作り感いっぱいで、とても暖かな感じのするタペストリーカレンダーです。

園にいただいたのはこの二点ですが、職員も銘々にステキなプレゼントをいただきました。1つは額に入った写真です。卒園児全員と、職員それぞれが一緒に写っている写真を、子どもたちがかわいらしくデコレーションした額に入れてくださいました。事前に時間を見つけて園に来ては子どもたちと職員の写真を撮影するなど、手間と時間を惜しまずに作ってくださったのです。写真の中の子どもたちはどの子もとびきりの笑顔です。本当にステキな手作りのプレゼントです。その他にも私は何にでも合わせやすくブルーグレー色でセンスの良いのネクタイをいただき、早速つかわせていただいています。

保護者の皆様には何から何までお世話になり、感謝しても感謝しきれません。

ポスト

2013/03/23

保育園の玄関にポストがあります。
子ども達がお散歩から帰ってきたら必ずといっていいほど、「先生お手紙入っていたよ!」と言ってポストから郵便物を持ってきてくれます。でもこの赤いポスト…少し小さいサイズで雨の日には大きな郵便物が入っていたらぬれてしまうし、私がこの園に来て20年たちますが、その頃からあるのでくたびれてきました。

なんとかお山らしいポストができないかなぁ〜と用務と保育を兼任してくれてる職員に相談してみました。この人、今までも保育園の中で「こうだったら使いやすいなぁ…」て思う事も子ども目線で見て、思い通りの物をパッパと作ってくれるんです(まさにマジックハンド!!)

さて、数日たって「完成!」って持ってきてくれたのがこのポストです!
想像していた以上に素敵で木のぬくもりがあって、お山の中の保育園にぴったり!
子どもにももっと取り出しやすいようにと、少し低い位置に取り付けてくれました。

それからというもの、保育園の玄関を通る度になんだかホッとした気持ちになっています。
子どもからも「小鳥さんのおうち!?」とか話してる子もあり、本当に動物さんも集まってくるような自然にとけ込んだポストになりました。

きっと郵便屋さんも、お手紙入れる時にウキウキして入れてくれるだろうな〜って想像して楽しんでいます。
この手作りポスト、大切に使いますね。
どうもありがとう!!

謝恩会

2013/03/22

卒園式のあと、保護者の皆様に謝恩会の席を設けていただき、全職員をお招きいただきました。卒園児11名に対して職員15名なので恐縮してしまいます。にもかかわらず、保護者の皆様には心を尽くしていただきました。本当に本当にありがたい限りです。こんなに園のことを思ってくださっている保護者の皆様に支えていただいているからこそ、当園が成り立っているのだと思います。

それなのに、保護者の皆様の思いを汲みきれないのであれば、困ったものです。自らを省みることを忘れないようにしなくてはなりません。もちろんなんでもかんでも全て保護者のおっしゃるとおりにするということではありません。真心を尽くして皆さんの思いを受けとめる姿勢でいたいということです。そこを立脚点として、子どもたちの育ちについて、大切にしたいことについて語り合えると良いと思います。できる限りを尽くしてゆきたいと考えていますが、自分中心になったり、奢った考えになることがあるかもしれないので、十分気をつけなくてはなりません。

基本的には、保護者の皆様と職員が心を開いてつながってゆくことが、とっても大切だと思っています。私たち大人がより良くつながることが、人と人がより良く関わるというモデルを子どもに示すことができるのです。

そのような観点から考えても、保護者の皆様には、心を尽くしていただいていることを感じています。いつも素直な心でいるよう努力すべきは私自身です。

謝恩会では、お心づくしをいただきましたが、私たち園の職員こそが保護者の皆様のご恩に感謝すべきだと思います。

ありがとうございます。

春分の日

2013/03/21

二十四節季のひとつ春分になりました。春分を辞書で引いてみると「二十四節気の一つ。太陽の中心が春分点上に来た時の称。春分を含む日を春分の日といい、太陽暦では3月20日頃。春の彼岸の中日に当たる。昼夜の長さがほぼ等しい」(広辞苑)とあります。

天球上における太陽の通り道である黄道と天の赤道が交わる点を「分点」というのだそうです。この分点が春と秋の2つあり、それぞれ春分点、秋分点と呼ばれています。春分点は太陽が南から北へ通過する点で、太陽が春分点を通る瞬間を春分、春分を含む日を春分日という。2013年は3月20日が春分の日でした。

春分の日をはさんだ前後7日間がお彼岸です。暑さ寒さも彼岸までと言いますが、今日はとても寒くなりました。2月下旬並みの寒さだそうです。今朝は気温は1度に届かないくらいの寒さ、強い風に小雪が舞っていて、冬に逆戻りです。前日までとてもあたたかだったので、とても寒く感じられます。春のお彼岸中は必ずといって良いほど寒くなる日があるので、不思議です。

イランの暦では春分の日が元日で、お祝いされるそうです。冬至が太陽が生まれ変わるといった意味で新しい始まりとされることがあるというのは、前にも書きましたが、春分も春の訪れ、新たな始まりの意味があるのでしょう。

年度末で目が回るほど忙しいですが、また新たな始まりの準備だととらえて力を尽くしてゆこうと思います。全ての人の心に春が来ますように。

卒園

2013/03/20

11名の5歳児が卒園してゆきました。卒園式で卒園証書を受取りにくる子どもたちは、緊張してはいますが、しっかりと前を向いて凛々しく歩いてきます。長い子では5年数ヶ月を当園で過ごしてきました。みんなそれぞれに大きくなりましたが、日々この子達が「今を最も良く生きる」ような保育ができたのかと考えてしまいます。この子達がこの先、持てる力を最大限に発揮し、皆が認め合いながら、違いを活かしてお互いに助け合って生きてゆくことができますように、と祈らずにはいられません。

子どもたちの育ちに十分に貢献できたのかとふり返っているあいだも卒園式はどんどん進みます。保護者の謝辞をいただくことになりました。謝辞の一部を抜粋して紹介します。

現代の暗闇のような社会でも「思いやりの心」「命を大切にする心」「自然に感謝する心」「何事にも諦めない心」 鞍馬山保育園で育った子どもたちは、出口の見えにくい大きな問題に遭遇しても静かに耐えぬき、いつかきらきら輝く日々を自ら見つけ、解決できる力を養いました。この力は自信となり、もっと高く高く弾みをつけて様々なことに挑戦し、人を守り癒やすことが自分の喜び、使命を感じる人へと成長してくれるでしょう。

謝辞を述べてくださった保護者は「みんなのいのち輝く保育園」という当園の理念を理解してくださり、子どもたちが自分のいのちをかがやかせ、他のいのちをかがやかせるように育つとおっしゃってくださっています。理念を理解し同じ思いを持ってくださっていることがとても嬉しくもあり、責任の重大さに気持ちが引き締まります。

保護者の皆様には、園をしっかりと支えていただいているということを最近痛切に感じます。本当にありがたいことです。だからこそ、保護者の皆様の園に対する真心に答えるためにも、全職員が真心を持って丁寧に子どもたちひとり一人のより良い育ちをしっかりと支え、それぞれの力が引き出せるよう保育をしてゆかなくてはなりません。子どもの育ちこそ、私たちの最大の喜びであり、全職員が同じように喜び合えるところです。

子どもたちの今は、今しかないのですから、一瞬一瞬を大切にしてゆく覚悟をあらたにしました。

春の畑

2013/03/19

暖かくなってきたので、畑はどうなっているのだろうと思って、久しぶりに畑に行ってみました。真っ先に目に入ってきたのは、ずいぶんと伸びて背が高くなった小麦の様子です。30センチくらいに伸びて、茎や葉も太くなり青々としてきました。これからもっと暖かくなってくると、どう育ってくれるのかとても楽しみです。小麦の育て方を調べてみると、ずいぶんといろいろなことに気をつかわないといけないように書いてありますが、当園の小麦は今のところ種を蒔いただけで、あとはほとんど何もしていません。そういえば少し前に伸びかかった穂を踏んだくらいです。

ほうれんそうは、ほんの少しだけ大きくなっていました。種を蒔くときに少し過密に蒔きすぎたので、そろそろ間引きをしたあげた方が良いのかもしれないと思っています。何度も雪をかぶり、凍てつくような寒さにも耐え、少しずつ少しずつ大きくなってきたのだと思うと、とても愛おしくなります。ほうれんそうたちがこれからどうなってゆくのかわかりませんが、立派に大きくなっても収穫して食べることができないかもしれません。

えんどう豆もまだまだ小さいのですが、以前と比べるとずいぶん大きくなりました。種蒔きをするのが遅く、十分な大きさになる前に、真冬を迎えてしまったので、これからどれくらい成長するのかちょっと心配です。えんどう豆を種蒔きしたときには、3〜4粒ずつ蒔くと良いといわれてそうしたのですが、それには理由があるそうです。えんどう豆の1つのサヤには3〜5粒くらいの豆が入っています。自然の状態ではそれがそのまま地面に落ちて、芽を出します。自然に近い状態にしてあげることで、発芽しやすくなるのだそうです。あたりまえといえばあたりまえかもしれませんが、おもしろい気がします。

畑には、私が植えた以外の様々な植物が芽を出して来ています。あっという間にいろいろな植物が共存するジャングル状態になるのだと思います。いろいろな植物や動物がお互いに助け合って生きてゆく、そんな畑になるでしょうか・・・

     小麦(1月29日)

     小麦(3月 17日)

    ほうれんそう(1月29日)

     ほうれんそう(3月17日)

     エンドウ(1月29日)

     エンドウ(3月17日)

近づく春

2013/03/18

  ムササビが食べたツバキのつぼみ

お彼岸に入り、昼間はずいぶん暖かく過ごしやすくなりました。季節は少しずつ、しかし着実に進み、自然の姿も変化してきています。まず、日の光が明るくなりました。景色も違って見えます。山の木々も芽吹きの準備をしているのでしょう、幹や枝の色が違ってきています。桜の枝先の花芽が少し大きくなってきています。他にも山の自然はそれぞれに春に向けて動き出しているようです。ムササビにかじられた椿のつぼみが落ちているのを見つけました。中心部分は食べられていましたが、食べられる前は小さな赤い花びらが詰まっていたでしょう。

園庭に目を向けてみると、しいたけがたくさん出てきて、冬の間よりも、早く大きく育ちます。このしいたけは地域の方がご協力を得てホダ木に菌を植えたものです。それも何年も前です。それ以来ずっとしいたけが実っています。

先日、2歳児の子どもたちがしいたけの軸をちぎっていました。園庭で大きくなるまで待っていたのを取ってきて食べようというのです。

  しいたけの軸を取って洗います

軸を取って、さっと洗ったしいたけを保育士がお鍋で炒めるようにして焼いていました。醤油の香ばしい香りが食欲をそそります。焼けたしいたけを子どもたちはおいしそうに食べていました。普段はキノコ類が嫌いな子でも、このシイタケは食べるそうです。やはり、自分で園庭から取ってきて、すぐに調理して食べるものはおいしいのでしょう。

しいたけを収穫して調理場で調理してもらうのも良いのですが、子どもの目の前で調理して食べることが特別おいしいのです。この一手間を惜しまずに子どもたちに提供するからこそ、いつもは食べられないものが食べられたりするのです。子どもが自分から食べてみようと思うのです。ここが大切なところですね。
                                                                                                                      

     おいしくなーれ!

やきいも 3

2013/03/17

朝の冷え込みはまだまだ厳しく、今朝の気温は1度でした。2日ほど前は氷点下3度で真冬並みの冷え込みでした。園庭の水道が凍結しないように水を抜いているのですが、まだしばらく復旧できそうにありません。それでも昼間はずいぶん暖かくなりました。お寺の本殿前にある紅梅も昨日からちらほら咲き始めました。白梅はまだもう少し時間がかかりそうですが、春は一歩ずつ確実に近づいています。

虫眼鏡で太陽の光を集めてあそんでいるあいだに、やきいもが焼けたようです。火の中から取りだして、竹串をさして焼けたかどうか見てみようとしましたが、竹串がなくて、用務員が小枝を削って竹串のようにしていました。

どうやら焼けているようなので、アルミホイルと新聞紙を外すと、中からまるで蒸したようなきれいなさつまいもが顔を出しました。半分に割ろうとすると割りにくいくらいのやわらかさになっています。もう少し力を入れて割ると、中は黄金色でとろとろです。子どもたちは、思わず「ぅわー!」と声にならない歓声を上げます。こちらも「おいしそー!」とことばが口をついて出てしまいました。本当においしそうです。こんなにおいしそうに焼けたのはめずらしいことです。20本近く焼いたおいもは多少の差はあるものの、どれもうまく焼けました。

子どもたちは園庭の思い思いの場所に友だちと座っておいもを味わいます。大人もいただくことにして、室内にいる職員にいくつかお裾分けをしたあと、食べてみました。とろけるようなやわらかさと、まったりした甘さが口の中に広がり、思わず笑みがこぼれます。子どもたちも黙々と食べてお代わりまでしていました。とってもおいしかったやきいもを子どもたちと焼いて一緒に食べることができてとても幸せでした。また、挑戦したいと思います。

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