shigaraki (鞍馬山保育園 の投稿者) - 77ページ目 (186ページ中)

歌詞

2013/11/09

アンパンマンの主題歌にアンパンマンのマーチというのがあります。この歌詞もよく聞くと心に響く内容です。少し抜粋してみましょう。

そうだ うれしいんだ  生きるよろこび  たとえ 胸の傷がいたんでも

今生きていること、そのことだけでうれしい。ありがたい。というメッセージに聞こえます。生きているといやなことや辛いこともたくさんあるけれど、それを「ありがとう」と言って良いことにしたいですね。そんな心の力をいつも持つことができたら、幸せなのではないでしょうか。

なんのために生まれて なにをして生きるのか こたえられないなんて そんなのはいやだ!

なんのために生まれて、何をして生きるのか?そんな中学生の悩みのような青いこと・・・なんて思いそうになりますが、自分はなんのために生まれてきたのか、何が自分の使命なのか、自信をもってはっきりと答えられるでしょうか。今、自分がここに生きているということは、両親その両親、ご先祖様がいらしたからです。大げさな言い方かもしれませんが、長い人類の歴史を背負って生きているのです。そんな時間軸でつながる縦のご縁と、今を共に生きる様々な人々のおかげ、人間だけに限らずあらゆるものとのつながりの中で生きている。そんな横のご縁があってはじめて、今ここに生きています。そんな様々なご縁のおかげで頂いた自分のいのちをどう生きるのか、どう使うのかよくよく考え、本当にそう生きているのか、いつもふりかえる必要がありそうです。

なにが君のしあわせ なにをしてよろこぶ わからないままおわる そんなのはいやだ!

幸せってなんでしょう?自分が心から素直に喜べることはなんでしょう?何に価値をおいて生きていますか?と問われているような歌詞です。幸せはそれぞれの心の中に生まれます。同じ状況でも、幸せと感じられる人と、不平不満ばかり言っている人とでは幸福感は全く違うでしょう。また、幸せは他との関係のなかで生まれます。自分自身が何かの役に立つこと、なにをもって誰かの役に立つことができるのか、そんなことが幸せに関わっているのではないでしょうか。

この歌詞は、迷ったときや辛いときに勇気を与えてくれます。作詞されたのは、アンパンマンの産みの親である、やなせたかしさんです。アンパンマンがおなかをすかせた人に自分の顔を食べさせることも、この歌の歌詞もとても心に響きます。やなせたかしさんの深く熱い思いがつまっているのだと思います。

やなせたかしさんはやなせたかしさんは、10月13日ご逝去されました。心よりご冥福をお祈りします。

菩薩行

2013/11/08

初めてアンパンマンを知った時、自分の身を捧げて相手を助ける。子ども向けアニメのヒーローがそんなキャラクターだというのは、驚きました。

仏教の経典の中には、さまざまな前世の因縁、特にお釈迦様の前世の物語を説いた本生譚(ほんしょうたん)と呼ばれるものがあります。施身聞偈や捨身飼虎という話は、法隆寺の玉虫厨子に描かれていることで有名です。

施身聞偈はこんなお話です。雪山童子が山中で修行をしていると、「諸行無常、是生滅法」と称える声が聞こえました。声の方を見ると羅刹(鬼)がいたので、この句の後半を教えてほしいと羅刹に頼むと、羅刹は「お前を食わせてくれるなら教えてやろう」と言います。童子は羅刹に食べられる覚悟で後半の「生滅滅已、寂滅為楽」を聞きます。そして、その句の意味を深く味わい岩にその句を刻み、約束どおり我が身を与えようと崖の上から飛びおります。そのとき、羅刹は帝釈天の姿となり、空中で雪山童子を抱きとめてくれたというお話です。

また、捨身飼虎は、薩埵王子が、飢えた虎とその子のためにみずからの身を投げて虎の命を救ったというお話しで、雪山童子も薩埵王子もお釈迦様の前世の姿だといいます。自らの命を賭けてまでも法を求め、困っている者を助けるのです。

アンパンマンが自らの顔を食べさせる姿が、これらの話と重なって思えたのです。

このほかにも、経典には、身命を惜しまず悟りを求めて勇猛に修行する菩薩の姿がたくさん描かれています。菩薩とは自らは悟を得る事ができるのだけれども、一切衆生が悟りを得るまでは自分も悟りを得ないという誓いを立てて一切衆生と共に悟りを目指し、みんなが悟りを得るまで修行しつづけるのです。この菩薩の修行で大切なものとして他者に施す「布施」ということがあります。

アンパンマンは自分の身を削って、おなかをすかせた人に施す菩薩行を行なっているじゃないかと思いました。

アンパンマン

2013/11/07

アンパンマンは子どもたちに大人気のキャラクターです。アンパンマンがいつ頃生まれたのかと思って調べてみたら、その原型作品は1969年の『PHP』に掲載されたそうです。そのときは人間の顔をしていて、顔があんパンになったのは、1973年にフレーベル館の『キンダーおはなしえほん』に掲載された「あんぱんまん」からです。1988年から日本テレビ系列で「それいけ!アンパンマン」がテレビアニメとして放映されはじめ現在まで続いています。

私が初めてアンパンマンを知ったのは、まだ学生の頃だったと思います。その頃、お茶のお稽古に毎週先生のお宅に通っていたのですが、お稽古をしていると、先生のお孫さんが見ていた「それいけ!アンパンマン」の音声が聞こえてきて、ついついそれが気になって、お点前がおろそかになってしまっていたことを思い出します。

最初はなにかかわいらしいアニメを見ているんだなと思っていたのですが、耳に入ってくる音はどうも聞き入ってしまうので、聞いていると。アンパンマンが「おなかがすいているんだね。ぼくの顔をお食べ」といった意味のことを言っていたのです。その台詞に軽いショックを覚えました。自分の顔を食べさせるとはどういうことなのだ。しかも子ども向けのアニメで、主人公のキャラクターがそんなことを言っているってどういうアニメなのだろうと言うことが気になって、お点前がついついおろそかになってしまったのです。そのあと、絵本だったかアニメだったかでアンパンマンを見たときに、本当に顔がかじられたように欠けていました。どうやら顔を食べさせてあげて顔が欠けると、顔が濡れたときと同じようにアンパンマンの力も減るようですが、それでも自分の顔を食べさせて、力なく飛んで帰るのです。なにかものすごいキャラクターだと思いました。

お楽しみ会

2013/11/07

今年も「子どもをまん中にして保護者も職員もつながる」事を大きなテーマにしてお楽しみ会が開かれました。
夏の終わり頃、保護者から数名がスタッフとして出てもらい、その方を中心に今年はどんなテーマで行うか決めていきました。
ちょうど10月の終わりにあるから「ハロウィンパーティーが楽しめたらいいな」と言うのが保護者から意見がでたので、すぐに決まりました。
テーマが決まるとスタッフの方からアイデアがいっぱい出てきて、保育園中をカボチャ色にしたい!とか、仮装で登園したい!、プラネタリウムがあってもいいなぁなどワクワクするような企画がいっぱい!
午前中はゲームコーナーやひょうたんのマラカス作り、昼からはコンサート…
一時過ぎの解散まで盛りだくさんな内容になりました。前日には台風がやってきてお楽しみ会自体ができるかとても心配でしたが、当日の朝に雨もあがり、戸外での焼き芋コーナーやコンサートもできました。
学童のコーナーでは小学生が園児にてんてん遊びのコースター作りを真剣に教えてくれている姿が印象的でした。
思い思いの仮装で子ども達は登園し、いつもとは雰囲気がちがう半日を親子一緒に楽しく過ごしてもらえたんじゃないかなと思います。
スタッフの方々本当にありがとうございました!

メロン 5

2013/11/06

メロンを育ててみて、メロンのことを気にかける、今の様子をよく見て何をすることが必要なのか、しない方が良いのかをしっかりと判断して行う事が大切だと教えられたように思います。もちろん、目的はメロンを実らせることなので、人為的といえば人為的かもしれません。しかし、種を蒔きっぱなしで放置放任しておいては、育つことも実らせることもできなくなります。

自然農もそうですが、「自然に」というのは、何もしないで放っておくことではありません。そうすると、育つものも育たなくなります。他の草や虫などまわりの環境が最大限に活かせるように、また作物自身の力がもっとも発揮できるように考えなくてはならないのです。そのためには、その植物のことをよく知る。目の前の植物の今の状態を把握することが最も大切になってくるのです。

子どもだって、適切な時期に適切な環境を用意し、支えが必要なときにはしっかり支えることで育つのです。子どもは自発的に環境に働きかけることで、主体的に育ってゆきます。しかし、大人は何もしない方が良いなどと「子ども主体」を誤解して、子どもが興味を持てるような環境を整えておかないことは、子どもの発達の機会を奪うことになり、全く無責任な話です。逆に大人の思うようにさせようとしていろいろなことを教え込んでも、子ども自身がしたい発達、その子にとって今必要なことと違っていれば、それもその時に必要な子どもの発達の機会を奪うことになります。

今その子に何が必要なのか知るためには、その子をしっかりと見て、その子は今どう思っているのだろうとその子の気持ちに心を運ぶ必要がありますし、それ以前に発達ということを理解している必要があります。その上でその子が自ら関わりたいと思うような環境を用意します。それをするためには、幅広い知識と柔軟な発想、何よりも子どもにとって最も良い育ちとは何か、ひとり一人異なる子どもが平等に発達の機会を得るためにはどうすれば良いのかを常に基本として考え続けなければなりません。

もちろんメロンと子どもを比べるわけではありませんが、メロンの育ちをふりかえっていたらそんなことを連想してしまいました。ごめんなさい。

いたいの、いたいの、飛んでゆけー!

2013/11/06

先日、部屋の中で走っていた1歳児クラスのRくんがバタッと転んだ時のことです。

Rくんは痛い箇所を指で差し「いたい、いたい!」と泣きそうな顔で私に訴えてきました。

すると4歳児クラスのYちゃんが駆けつけ「いたいの、いたいの飛んでゆけー!
Rくん、もう大丈夫やで!いたいの、あっちに飛んでいったから!」と言いました。

Rくんは「どっち?」と聞き、Yちゃんは「あっち!」と指を差し、その後『いたいの』を楽しそうに追いかけていった2人でした。

異年齢の子ども達が、このようなことから関わりを持ち、一緒に楽しんでいる姿は素敵だなぁ〜
と改めて感じた出来事でした☆

メロン 4

2013/11/05

メロンで作る特大リースはうまくできませんでしたが、メロンの生命力を感じると同時に、自然はなかなか思うようにはならないものだということ、思いのかけ方と手のかけ方の難しさを感じさせてくれました。自然農の畑も、「自然に」といってほとんど面倒を見ないと、収量は極端に減りますし、作物が絶滅の危機に瀕します。必要なときに必要な手をかけることが大切になってくるのだと思います。そのタイミングや方法を間違えるとうまく育たないようです。その植物にとって今必要なことを知り、どうすればその植物の自分で育つ力をもっとも発揮できるのか、他の植物などとの関わりも含めて考える必要がありそうです。そのためには、まず、その植物のことをよく知ること、そしてしっかりと気持ちを運び、その植物の今を見る必要があります。

スイカやメロンはトマトやキュウリと違って、自分の身体を作る時期と、子育ての時期の切り替わりがはっきりしていて、いったん赤ちゃん(実)を宿すと、自分のみを削ってでも我が子に栄養を送り込もうとします。ですから、まだ体づくりができていない時期に実をならせると、子どもに十分な栄養を送ることができないまま、身体を弱らせてしまうのだそうです。(『のらのら』2013夏号より)

ですから、しっかりとした実をならせるためには、親蔓を何節目で摘心する、元気のよい子蔓を伸ばす、子蔓の何節目についた雌花に受粉する、たくさん実ができないように摘果するなど、作物の様子をしっかりと観察して、今は成長のどの段階にいるから、どんなことが必要なのだろう。と考え、花が咲いた、実がなったと今の姿だけを見て喜んでいるだけではなく、その意味を将来と結びつけて考える必要があるのだと思います。

きょうのごはん

2013/11/05

おべんとうday
11月5日はおべんとうdayでした。お家の方に作っていただいたお弁当を持って、それぞれに楽しくお出かけしました。お天気にも恵まれ、みんなで食べるお弁当はとてもおいしかったことでしょう。

楽しかったね〜

2013/11/05

この日は、すみれ・たんぽぽぐみ(0・1歳児クラス)は、3グループに別れて遊びました。私は、れんげ・ひまわりぐみ(3・4歳児クラス)と一緒に遊ぶグループ(4人)と一緒でした。

幼児クラスの子どもたちは運動会で入場の時に各クラスで踊った体操やダンスを踊っていたのですが、その迫力ある踊りを見て刺激を受けたのか、乳児達も今まで見たことがないぐらい生き生きと楽しんでよく踊っていました。

ふれあい遊びの時も幼児ぐみさんが「一緒にしよう」と迎えにきてくれて嬉しそうにしてました。その後、功技台でも遊びました。

その日は、余程楽しかったのか「お兄ちゃん、お姉ちゃんと遊べて楽しかったね〜。」と言うと、満足そうな顔で深くうなずいてました。また、乳児と幼児が一緒に遊びたいと思います。

メロン 3

2013/11/04

その後、メロンはぐんぐん大きくなり、花がいくつか咲きました。メロンには雄花と雌花があり、自然に受粉もするのですが、人為的に受粉させてあげると希望通りの雌花に実がなるそうです。晴れた日の午前8時から11時頃に受粉するのが良いとありました。摘心や受粉もそうですが、10〜14節目に出てくる孫蔓は伸ばすとか、葉っぱを3枚残して摘心するとか、雌花2つを選んで受粉をさせ、実がついたら摘果をして、最終的に一つのプランターに2個のメロンができるようにするそうです。そこまで考えないと、うまくできないのですね。もっと心を運び手をかけてあげなくてはいけなかったなと反省しました。

最初に思い切って摘心しなかったので、その後が全くでたらめなことになってしまいましたが、それでも元気に育って花が咲き、しばらくすると雌花の根元が膨らんできたので、受粉も自然に行われたのでしょう。花もいくつか咲いていたのですが、2つのプランターに1つずつ実がなりました。思い描いたリースのようにはなりませんでしたが、一応アーチにぶら下がる形で実を結びました。

しかし、種を蒔いたのが遅かったこともあり、実を結んだのが9月に入ってからで日照時間も短くなり、気温も下がってきたからでしょう、葉や蔓など株全体の元気がなくなってきて、直径8センチくらいになった実を残して全て枯れてしまいました。もう少し早い時期から取り組んでいれば、少しは大きく成長したかもしれません。
せっかく実ったので、収穫して2つに切ってみると、小さいながらも中はしっかりメロンです。果肉がオレンジ色の種類だったのですが、切ったときにはメロンの良い香りが漂ってきましたし、種もちゃんと入っています。スプーンですくって少し食べてみたら、結構甘く、ちゃんとメロンの味がしました。小さいのにたいしたものです。全て食べることはできませんでしたが、メロンのたくましさに驚きました。

せっかくアーチのついたのプランターも作ったことですし、次に挑戦するときには、成功させてみたいものです。

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