shigaraki (鞍馬山保育園 の投稿者) - 28ページ目 (186ページ中)

空想の世界 8

2015/12/13

魔女さんからのプレゼントに小さな魔女の帽子をもらった子どもたち、もらったのは帽子だけではありませんでした。勇気をもらって登り棒に登ることができるようになった子もいたのです。

さて、運動会当日、魔女さんは鞍馬小学校の校庭まで見に来てくれたのでしょうか。今年は鞍馬小学校の校庭をお借りして運動会を行いました。じつは鞍馬小学校の校庭にはとても立派なムクノキがあるのです。校庭にもムクノキがあると聞いていた子どもたちは、「学校のムクノキも魔女さんのともだちかな?」「魔女さんが来たら、ムクノキの上から見ていてくれるのかな?」と校庭のムクノキを気にしていた子どもたちは、当日校庭に来ると、ムクノキに近づいて、しげしげと眺めていました。魔女さんが来ているかどうか確かめたかったのかもしれません。

そのうち、だれかがムクノキの枝に、なにやら巻物のようなものがぶら下がっているのを見つけました。ました。「あー!何かぶら下がってる!」「先生、とってー」と口々に叫ぶ子どもたち、先生にとってもらったのは、魔女からの手紙でした。魔女さんは緊張している子どもたちが、本来持っている力を思う存分発揮できるよう手紙をくれたようでした。

魔女さんから手紙をもらって勇気いっぱいの子どもたち、魔女さんからのプレゼントの小さな魔女帽子を頭につけて、やる気いっぱい、元気にダンスしていました。

空想の世界 7

2015/12/12

魔女からのプレゼントが、ムクノキの枝につり下げられていました。それも、つい先日設置されたばかりの登り棒の真上に!雨よけのビニールまで被せられて!

子どもたちは、早くとりたいけれど、すぐに手が届くわけではありません。プレゼントの小さな魔女の帽子を手に入れるには登り棒を登らなくてはならないのです。多くの子はたやすく登ることがきるので、順に登っては、片手で棒を支えてもう一方の手で帽子を取ります。中には足だけで登り棒をはさんで体を支える子もいて、見ている私はヒヤヒヤです。

Aちゃんは少しは登れるのですが、いつも途中で諦めてしまうので、てっぺんまで行くことができませんでした。ところがこの日、Aちゃんは少し苦労しながらも、みごとにてっぺんまで登り切って帽子を取ってきたのです。まわりで一生懸命声援を送っていた友達は、みごとAちゃんが登り切ったときにはみんなで大喜びしていました。きっと子どもたちも、「勇気を持って少しがんばればできるのに!」と思っていたに違いありません。笑顔で下りてきたAちゃんを囲んで喜んでいました。Aちゃんの満足そうな顔はとてもステキでした。

のぼりぼうのてっぺんまで登れるようになりたくて、何をおいても登り棒に走り寄って、一所懸命に練習していたBちゃんも、登ることができるようになっていました。

きっと魔女さんが、子どもたちの背中を押してくれたのでしょうね。

空想の世界 6

2015/12/11

運動会に向けての取り組みを行っている頃、実際に運動会で使う登り棒に子どもたちが慣れることができると良いとの思いから、園庭のムクノキの近くに登り棒が立てられました。運動会の会場で使う登り棒は、普段園庭で使っている固定遊具とは違って、外径40ミリほどの鉄パイプで、少し滑りやすく登りにくいかもしれないので、運動会当日に初めて登るより、あらかじめ使うことができればという先生たちの配慮で立てられたのでした。新しく登場した登り棒を使って子どもたちはよく遊んでいました。

ある日の朝、新たに設置された登り棒のまわりで、子どもたちが騒いでいました。何事かと思って近づいてみると、子どもたちが、「登り棒の上になにかある!」と口々に言います。見上げると、黒い物がたくさんぶら下がっていました。誰かが「あれは小さな魔女の帽子だ!」といいだし、「ホントだ、いっぱいある。たくさんあるからゆりぐみ(年長児)のみんなへの魔女さんからのプレゼントだよ。きっと!魔女さんがくれたんだよ!」と誰かが言い出し「そうだね!きっと!早く欲しいなー!」となりました。

よく見ると、登り棒の上の方にフープがつり下げてあり、そのフープに黒い小さな帽子がたくさんぶら下がっています。雨が降っても大丈夫なように、全体を覆う傘のようにビニールまでかけてあります。それを作ることもかなりの手間だと思いましたし、登り棒の上まで登って取り付けるのも、結構大変なのだろうと思います。先生方の思い入れの深さが伝わってきました。

空想の世界 5

2015/12/10

魔女さんをきっかけに、子どもたちの心の中に広がったファンタジーの世界は、広く高く大きくなり、そして子どもたちはその世界で空想の翼を広げて、思う存分飛び回っているように感じました。

おとまり保育が終わってからも、ときどき魔女さんからのお手紙がとどきました。子どもたちの中のファンタジーの世界はどんどん広がっていったようです。

そうしているうちに、暑い夏が終わり、涼風が立ち始め、運動会が近づいて来ました。前にも書いたように、運動会の開会ではみんながダンスをします。そのダンスにも、何か魔女と関係する曲を選びたいと子どもたちが言いだして、先生たちが一生懸命考え、探したのが『魔法使いサリー』でした。それに子どもたちと相談しながら振りをつけて、ダンスを完成させたそうです。

この頃には、魔女さんは子どもたちにとって、大きな存在になっていたのだと思います。「魔女さんは、運動会を見に来てくれるかなー」「がんばるから、応援しに来てね」
といった、ことばが聞かれるようになりました。魔女さんに見に来てもらいたい!だからがんばる!といったことをいう子が増えてきて、魔女さんは子どもたちの気持ちの後押しをしてくれるようになりました。

空想の世界 4

2015/12/09

魔女さんからの手紙で、大いに盛り上がった年長児のおとまり保育。魔女はもちろん、先生たちです。どうすれば、子どもたちの思いが膨らむか?子どもたちがワクワクするか?ドキドキするか?そんなことを考えながらワクワク!ドキドキ!していたのは先生たちでした。

どんな手紙の内容が良いのか?どうすれば、子どもたちがワクワクできるのか?考えることを怠りません。というか、楽しんでいます。手紙を書いて、狙った以上のレスポンスが返ってくると、大喜びしている大人がいて、子どもの反応に一喜一憂している大人を見るのも、なかなかおもしろいものです。どうすれば、子どもたちの

おとまり保育の日の天気が悪くて、キャンプファイヤーができなくなったら、室内でロウソクを使ってロウソクファイヤーをしなくてはならないけれど、どんな趣向で進めれば良いのだろう?やっぱり、ロウソクファイヤーの火は魔女からもらいたいよねー!なんて話で盛り上がり、夕方遅くまで残ってあーでもない、こーでもない、こうした方が魔女らしいだとか、どうしたら火をもらったように見えるか?など話し合っていました。「遅くなるから、もう帰りませか?」と私が言っても、そこにいたメンバーは、だれ一人帰ろうとしません。みんなその場で子どもたちの姿を想像しながら、どうすれば楽しいだろう?何が子どものドキドキわくわくにつながるのだろう?と考えることが楽しいのだと思います。そんな時間がたくさんあるといいと思います。

だって、子どもだけではなくて、大人も楽しい方がいいじゃないですか。

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空想の世界 3

2015/12/08

初めて魔女からの手紙を受け取った子どもたち、興味津々で食い入るように手紙を見つめる子もいれば、冷静な子もいますし、今にも泣き出しそうなこもいたそうです。魔女さんから手紙が来ると子どもたちが返事を書き、また手紙をもらい、また返事を書く。そうやって魔女さんと十往復近く手紙のやりとりをしてから、おとまり保育を迎えました。ですから、子どもたちの中では魔女さんのイメージが大きく膨らんでいたのだと思います。「魔女さんがキャンプファイヤーを見に来るかもしれないね。」「園庭のムクノキさんの高い枝に座ってみるんじゃない?」などとドキドキしながら過ごしていたことを思い出します。

おとまり保育の1日目、子どもたちがお布団に入る頃には、どこからともなくやさしい音色が聞こえてきました。どこかウクレレに似た音色です。「きっと魔女さんが弾いてるんだよ!」「きっとそうだね!」子どもたちの心の中には、それぞれの魔女さんがイキイキと存在していたのでした。

魔女というと怖いイメージですね。もちろん得体の知れない怖さはありますが、子どもたちの魔女さんは、みんなを勇気づけてくれたり、応援してくれる、そして見守ってくれるようなそんな存在になっていったようです。親しみのこもった畏敬の念と言っても良いのでしょうか。そんな気持ちを持って、子どもたちは過ごしていたようです。
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空想の世界 2

2015/12/07

子どもたちが想像力をいっぱい使って、空想の世界で思う存分遊ぶことができるように、昨年は天狗が登場しました。子どもたちの空想の世界をより楽しくするために、現実の世界も天狗に関する物がいろいろ登場していました。天狗の歌を作詞作曲して、レコーディングしてしまった保育士の先生もいました。それに振りをつけて、ダンスにしてみんなで踊るなど、先生たちも想像力いっぱいでした。

今年は、天狗に代わって魔女が登場です。毎年ストーリーは夏前に始まります。年長児たちが、おとまり保育を前にしていろいろと計画を立て始めようかとする頃、魔女から手紙が届きました。

実は突然魔女が表れたわけではなく、向いの山の麓に小さな公園やお寺、お宮があります。その近くに廃屋があって、向いの山に散歩に行くときは、必ずその前を通ります。その廃屋が、いつの間にか子どもたちの中で、「魔女の家」と呼ばれるようになりました。それが、年長児から年中児へそして下の年齢へと伝わっています。

子どもたちのいろいろなことは、そうして下の年齢へと伝わって行き、その中で子どもたちの文化が生まれてくるのです。人をいたわり、優しいことばをかけることも伝わってゆきますし、反対に厳しく注意したり、とがめたりすることも伝わってゆきます。そのモデルは周りにいる大人ですし、大人が何を意図して、子どもに接するかがとても大切になってくるのです。

そうやって、子どもたちに伝わってきた魔女の家には、魔女が住んでいる。と子どもたちは信じています。その魔女から手紙が届いたのです。

空想の世界 1

2015/12/06

子どもたちの得意なこと、それは何でも遊びにできる事です。大人には想像もできないような事を思いついたり、つながりそうもないことを結びつけたりします。それは、脳内の神経細胞を情報が伝わるときに、伝わり方が一定していないからだといわれています。成長するにつれて情報の伝わり方が、一定になってきて論理的な思考ができるようになってきますが、その分突拍子もない発想が生まれたり、全く関係のなさそうなものに共通点を見いだしたりすることは、少しずつ減ってくるそうです。

柔軟な発想の他にも子どもたちが得意なことがあります。それはファンタジーの世界に遊ぶことです。4歳ごろになると想像力が豊かになってきて、様々なイメージを膨らませ、物語を自分なりにつくったりします。また、暗いところや、お化けなどへの恐れの気持ちも持つようになります。そして、豊かになった想像力を使っていろいろな世界を旅することができるのです。

そんな子どもたちの楽しみを広げ、深めるために先生たちは、いろいろなことを考えています。昨年度は、天狗から手紙が来て天狗との手紙のやりとりを楽しみましたし、行事ごとに、天狗に関わることが取り入れられたりして子どもたちは大いに想像を働かせ、天狗のイメージを膨らませ、友達同士でイメージを共有して楽しんでいました。

ライトアップ

2015/12/05

もみじの葉もほとんど散ってしまい、寒さがやってきました。ついこの間も書きましたが、紅葉が美しい時期に貴船では「もみじ灯籠」が行われます。道路沿いには灯籠が列べられ、色づいたもみじがライトアップされます。この期間に合わせて、叡山電車の二ノ瀬、市原間では線路の両脇に植えられたもみじをライトアップし、その区間を通る電車は車内灯を消して徐行運転します。こんな風に、もみじを楽しむイベントが身近に行われているのだから、園でもなにかもみじを楽しむことをしたいよね!そんな話が子どもたちと先生たちの間で盛り上がったそうです。「じゃあ、なにしよう?」ということになって、色づいた葉っぱを集めよう!「集めた葉っぱはどうしたら、みんなに楽しんでもらえるだろう?」「ライトアップもしたいな!」という話しになったのかならなかったのか、窓ガラスに、色とりどりの落ち葉が貼り付けられていました。ライトアップするために、スポットライトを持ってきて、「鞍馬山保育園、色づいた葉っぱのライトアップ」の完成です。みんなのステキな感性に心を動かされました。

20151205_ライトアップ

懐かしい顔

2015/12/04

11月の末の日曜日に「同窓会」という行事を行いました。中学2年生までの卒園生に、みんなで集まりませんか?と声を掛けて、予定が合う人が保育園に集まって、半日を過ごします。今年は66名の卒園生たちが出席してくれました。中学生になると部活が忙しくてなかなか来ることができないのですが、今年は5人が来てくれましたし、6年生もたくさん来てくれました。久しぶりに会う友達と近況を報告し合ったり、保育園の思い出話に花を咲かせたりしていました。

10時に集まり、みんなで保育園の時を思い出してお参りをしてから、自己紹介です。学校が違ったり、卒園から時間が経っているとしばらく会っていないことが多いので、自己紹介をしています。そして、みんなでゲームをして盛り上がったあとは、調理の先生が作ってくれた昼食をみんなでいただきます。それから、しばらく自由な時間があるので、話をしたり園庭で遊んだり、最後にまた簡単なゲームをして1時半には解散するというプログラムですが、毎年子どもたちは楽しみにしてくれているようです。

子どもたちが集まると、保護者も送迎のために来てくださる方がいらっしゃるので、懐かしい保護者の方々にも会う事ができます。また、退職した先生方にも声をかけているので、都合のつく先生は集まってくれます。

懐かしい顔が集まるのは楽しいものです。子どもたちが大きく成長していて、中学生にもなると町で会っても絶対にわからないと思います。これからも、それぞれの道をそれぞれにその子らしく歩んでいってくれるといいな。大きくなった子どもたちの笑顔を見ていたら、そんなことを思いました。

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