shigaraki (鞍馬山保育園 の投稿者) - 141ページ目 (186ページ中)

もみじのちから

2012/07/03

   丸太が芽を出しました

伐採されて一本の丸太になってしまったもみじの木。それでもいろいろなところからどんどん芽を吹いて、葉を伸ばしてゆく、そんな生命力の強さに心を動かされました。

木が少しでも水を上げることができればと、短く切り分けて水につけられました。ちょうど、切り分けるところを見ていたのもあって、その後どうなるのかがとても気になりました。見に行けないときにお寺の人にどうなったかを聞いたら、なんと1日に1センチ近く葉が伸びているということでした。本当に驚きです。どんどん葉が茂ってきて、小さな一本の木のようになってきます。

一本の木でも末の方と元の方ではずいぶん違います。根元に近い部分ほどよく水を吸い上げ、上側の切り口が湿っていましたし、葉がたくさん出ているのは末の方です。
水に浸かっている部分から根が出てきて、土に植えもどせると良いなと思っていますが、それは少し無理かもしれません。

  芽がどんどん大きくなります

そうやって、たくさんの葉を茂らせたもみじですが、ある朝見てみると、せっかく大きくなった葉や小枝が、ほとんど無くなっていました。なにかの理由で切ったのかと思ったら、なんのことはない鹿が食べてしまったようでした。せっかく大きくなったのに・・・とも思いましたが、鹿も狙っていたのかもしれません。鹿も食べるものがなくなると命をつないでゆくことができないので、しょうがないのですね。

それにしてもものすごい生命力です。自然に生きているものは強いのかもしれません。子どもは木ではありませんが、ものすごい生命力を持って、自ら最も良く育つように生きているような気がします。それが最大限に発揮できるよう、大人は、ほどよい距離感で子どもたちを見守ってゆけると良いと思います。

生きる力

2012/07/02

子どもが育つ上で生きる力を育むことが大切だといわれます。生きる力とは何でしょうか。どうすればそれを育むことができるのでしょうか。誰かが教えてあげるものなのでしょうか。たくさん教えれば、その力がつくのでしょうか。

子どもは環境を通して育ってゆきます。自ら環境に関わることによって育ってゆくので、思う存分いろいろなことに興味関心を持ち探求心を持って関わることのできる環境を用意し、自ら育ってゆくことを応援してあげると良いのだと思います。しっかりと寄り添いながら、時には誘ってみたりすることも必要かもしれませんし、励ますことも必要でしょう。

ところで、生きているのは人間だけではありません。自然の中で様々な動植物がそれぞれの役割を果たしながら生きています。誰かに教えられるわけでもなく、まるでそうすることを知っていたかのように成長してゆくのです。その根源にはしっかりとした生命力があるのです。

少し前のことです。お寺に行くと、一本の木の幹が横たわっていました。仕方なく伐採しなくてはならなかったもみじの木だということです。太いところで直径20センチくらい、長さ3メートル弱といったところでしょうか。どうしようもなくて伐採したそうですが、なにかに使うつもりで置いてあったようです。

それから数日して、そのもみじの木の近くを通ることがありました。ふと見ると、そのもみじのところどころから緑の葉が出ているのです。根も枝も何もない一本の棒になった幹から葉が芽吹いているのです。その生命力のすごさにとても驚きました。

その後もお寺に行ったときに、もみじはどうなっただろうと思って見てみると、葉は大きくなり、数も増えていました。もちろん幹が水に浸してあったわけではありません。そんな姿を見たお寺の方もそのまま放っておくのは忍びないと思われたようで、70センチくらいの長さで4本に切りわけて、水につけておくことになりました。ちょうど、切り分けて水につけるところを見ることができたこともあって、それからそのもみじがどうなってゆくのだろうととても気になりました。

片付け

2012/07/02

今、家の片付けに奮闘中の私。一歳の時から住んでいるこの家には色々な思い出の品も残っているし、何でこんな物が?と思うような物もあります。でもこのままでは・・・と思い、いらない物は思いきって捨てる事にしました。最初は捨てる事に抵抗があり、なかなか難しく悩む事もたくさんありました。でもそんな事ばかりも言ってられず・・・。そして少しずつ片付いていくと気持ちがいいものですね。でも捨てるのではなく、何かにリサイクルできたり使い道がないかとも考えます。なかなか難しかったりしますけど・・・。今は以前よりもっと買う前によく考えるようになりました。
しかしまぁ、よくこんだけの物が集まったなぁとつくづく感じる日々です。

夏越の祓

2012/07/01

7月になりました。今年も半分過ぎてしまいました。早いですね。今年取り組もうと目標にしていたことの半分くらいはできたのでしょうか?そう考えると、結構不安になります。できたことはできたことで、できなかったことはこれから一生懸命取り組むようにしましょうか。

6月の30日には、各地の神社で夏越の祓という行事が行われます。茅の輪をくぐったり、人形に息を吐きかけたり、からだをなでたりして罪穢れを移したりして、半年間の穢れを祓うというものです。
日々の生活の中で、あまりよくないことをやめようとしているけどやめられなかったり、ついつい様々な穢れにまみれてしまいます。精神的な部分だけではありません。なによりも病気をせず、元気に過ごせることが大切です。1年の折り返し地点でもう一度自分自身をふり返って、ていねいに生きることが大切なのでしょう。

園の近くに由岐神社という神社があり、茅の輪がしつらえられていました。残念ながら当日はお参りできませんでしたが、6月30日に参拝して、茅の輪をくぐり、罪汚れを祓ってもらうと茅をお守りとして授けてくださいます。

  茅の輪

この日には「水無月」というお菓子をいただきます。三角形をした外郎生地のうえに小豆がのったお菓子で、小豆には魔除けの意味があり、三角形の外郎は氷を表しているそうです。氷室から取り出した氷が宮中に献上され暑気払いに食されたのをお菓子に表したそうです。

罪穢れを祓い、水無月を食べて暑気払い。でも水無月の食べ過ぎには注意しなくてはなりませんね。

   水無月

おおきくなってね おいもさん

2012/06/30

春に植えたおいもの苗は元気に育っているのか、どれくらい大きくなったのか、畑に見に行ったら、ずいぶん育っている姿を見て子どもたちは喜んでいました。せっかくなので、みんなで水をあげようということになり、園から持ってきたじょうろを交代で使って水をあげました。

2〜3回水をあげたら、土遊びの方がおもしろくなって、土遊びに興じている子もいました。この畑の土はさらさらしているにもかかわらず、握ると弾力がある感じがして、保育園の周辺では味わえない手触りです。そんな触感を楽しみながら、畑の隅に山を作っています。そうかと思えば、何人かの子どもたちは、何度もじょうろで水を汲んではおいもにかけてあげることを繰り返しています。40分以上続ける子もいました。いつまでも続きそうだったので、もうそろそろ終わりにしようかと声をかけようとしていたときです。女の子が、水を入れたじょうろの水の入れ口にいきなり口をつけるので、まさか飲むの?なんて思っていると、次の瞬間、水の出口から水がピューと噴水のように吹き上がりました。どうやら水を飲もうとしたのではなく、息を吹き込んでいたようです。大人がやって見せたのか、本人が気付いたのかよくはわかりませんが、それがおもしろかったようで、何度もやっていました。彼女は水と空気の圧力について学んでいたのですよね。

噴水だよ! 圧力の実験に取り組む


ずいぶん畑で遊んだので、「おいもさんおおきくなってね」と声をかけて畑を後にして、琵琶湖岸に移動して少し遊ぶことにしました。
暑いくらいの気温に、真っ青な空、目の前に広がる広大な琵琶湖、水遊びが始まらない方が不思議です。普段なら水遊びがエスカレートしてびしょ濡れになってしまうのですが今回は、最初から琵琶湖に入るつもりだったようです。

服を脱いで、体操して、少しずつ琵琶湖に入りますが、まだ少し水が冷たいのでしょう、子どもたちはキャーキャーいいながら遊んでいました。そのうち水の冷たさに慣れたのか、遊びがおもしろ過ぎたのか、気にせず水を掛け合ったり走ったりして遊んでいました。そのうち保育士が、子どもたちを一人ずつ放り投げることを始めると、何度も放り投げられることを楽しんでいます。

たのしすぎー !!

実は水辺にたどり着くまでには子どもたちは少し気をつけないといけないことがありました。それは少し前の大雨の影響でしょう、様々な物が浜辺に打ち上げられているのです。その中にヒシの実がいくつか混じっていました。ヒシの実は忍者が追っ手から逃げるときに蒔いて逃げたといわれるくらいで、鋭い針のようなとげが何本も出ていて踏むととても痛い思いをしなくてはなりません。

子どもたちがけがをしては大変なので、浜辺に続く細い道を作っては上げましたが、いつどこにヒシの実が落ちているかわからないので、保育士が実物を見せて、これを踏んだら大変なことになると説明していました。子どもはちゃんとそれを聞いていて、踏んづけていたい思いをする子はいなかったばかりか、落ちている実を「危ないから拾ってきた」など他の人の安全にも目を向けられるようになりました。

そんな風にして、鞍馬では味わえない自然を満喫できた一日でした。

子どものつぶやき

2012/06/30

〔ももたろう〕
お家で、桃食べた!お母さんが包丁でポンと切ったけど、桃太郎いなかったねん。

〔七五三の日)
○○ちゃんと(本人の名前)母ちゃんと綺麗なお着物きたねん。
父ちゃんは、お着物きないで、綺麗な服来てお写真撮った。

〔木蓮の花びら〕
せんせい〜この花いいにおいする。ソーセージのにおいみたい。
(確かにソーセージのにおいがしました。子どもの感性って豊かで、すごいですね)

きょうのごはん

2012/06/29

きょうは、おべんとうday
みんな、お家の方が作ってくださったステキなおべんとうをいただきました。

おいも、どうなったかな?

2012/06/29

春に植えたおいもはどうなったかなー?

見に行ってみようか!

おいもの葉はずいぶん繁っていました

ということで、滋賀県の農家の方にお世話になって、植えたおいもの苗がどうなったか、4・5歳児が守山の畑まで見に行くことになりました。
梅雨のまっただ中なので、雨が降ってもしようがない、おいもが元気かどうか、どれくらい大きくなっているのか、見ることができれば良い、ということでみんなでバスに乗って出かけることにしました。

今朝は梅雨とは思えないくらいの快晴。気温は30度を超えるという予報ながら、朝はとてもさわやかな風が吹き絶好のお出かけ日和です。

    力を合わせて運びます

4・5歳児以外も今日はおべんとうdayということで、おべんとうを持ってそれぞれ出かける予定です。とっても良いお天気に子どもたちの心は晴れ晴れうきうき、そんな気持ちが伝わってきます。

当園では、夏場を除くほぼ毎月1回おべんとうdayという日を設けていて、お家の人に作ってもらったおべんとうを持って来る日があります。お天気が良ければ、昼食のために園に帰ってくる必要が無いのでおべんとうを持って遠出ができます。雨で、保育園でお弁当を食べるのもまたいいものです。

水をもらっていきいきしたおいもの葉っぱ

9時15分ころに園を出発して10時ころ畑に到着、早速おいもの様子を見に行くと、葉っぱが大きく育っていました。「植えに来たときのこと覚えてる」「うん、めっちゃちっちゃかったなー!」と応えてくれる子がいました。今日は天気が良く、土も乾いていたので、水をあげることにしました。園から持って来たじょうろを交代で使って、水を運んではかけていました。

おっとりさんの女の子がいます。その子が畝の間を歩いているとき、バランスを崩して、畝に手をついてしまいました。しばらくしゃがみ込んでいたのでどうしたのかと思って近づいてみると、その子は「痛かった?ごめんね」と言いながら自分が手をついたところにあったおいもの葉をなでていました。その姿を見たとき、この子は本当においもと話をしているのかもしれないと感じ、その子の中に広がっている優しい心の世界の一端に触れたような気がしました。ゆっくりしていて、いつも一番後からみんなについて行っている子です。だからこそこんなにゆったりした、優しい心が持てるのかもしれない。この子のこういうところこそ大切にしてあげたいな。と感じました。

大人はどうしても、みんなと一緒にできることが良いとか、早いことが良いなどと思いがちです。
子どもが否定的に見えるときとはどんなときでしょう。
みんなと同じようにできないとき
行動の理由がわからないとき
だそうです。否定的に見ないようにするためには、みんなと同じようにさせることに重点を置きすぎなければ良いのです。行動の理由がわからないときは、そっとその子の心に寄り添えば良いのです。
それが、保育士の専門性であり、保育の質に繋がるものなのです。

園のまわりの自然

2012/06/28

      アジサイの花

季節が進み、緑が茂ってまわりの自然の様子も変わってきました。身近な園庭では、アジサイ、ガクアジサイ、ビョウヤナギ(未央柳)の花が咲きだしています。

園の近くの石垣にはユキノシタの白く小さな花がたくさん咲いています。ひとつひとつの花はとても小さく可憐なのですが、たくさん集まると毛足の長い白いじゅうたんをしきつめたようになっています。

少し前にはグミの実がたくさんできたので、赤く色づくのを待っていたら、いつの間にか実がなくなっていました。どうしたのかと思ったら、少し前に猿が来て食べてしまったのとのことでした。

     ビョウヤナギ

園庭にあるので、ちょうど摘んで食べることができると楽しみにしていたのですが、残念です。

食べられたといえば、0・1歳児担当の保育士がプランターにキュウリを植えて育てています。一時元気がないと思っていたら、うどんこ病にかかっていたようでした。たまたまいらした農家の方にアドバイスを頂いて土を替えて、薄めた酢で消毒すると良い教えてもらって、元気を取り戻したのですが、実がある程度大きくなると、いつのまにかなくなってしまうのです。収穫したのかと思って聴いてみると、そうではないというので、

      ユキノシタ

夜の間に何者かにやられているのだと思います。

園庭にあるびわの木にもたくさん実が付いて、保育士がそのうちのいくつかに袋をかけて大切にしていたのですが、日が変わるたびに実が減ってゆくことが続いています。木の下には皮と種だけをきれいに残して食べたあとがあり、何者かが夜の間に食べているのだと思います。ハクビシンの仕業だという人もいますが、定かではありません。

人間の思うようにならないのが自然なのかもしれません。

 

   何者かにかじられた琵琶

  皮と種だけ残して食べられた琵琶

きょうのごはん

2012/06/27

・ごはん

・なすとトマトのミートグラタン

・ごぼうサラダ

・スープ

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