2011年 11月

おかたづけ

2011/11/10

どうすれば、子どもたちが自ら片付けをするようになるのかな。ご家庭でも悩むところだと思います。先日、おかたづけに関してうれしいことがありました。

夕方、子どもたちがお迎えを待ちながら遊んでいる時間。私が出かけようと、ままごとコーナーの脇を通ると1歳児Hちゃんと4歳児Mちゃんの女の子2人がいるのが見えました。4歳児のMちゃんが小さなHちゃんと遊んであげているのだと思ったのですが、どうもMちゃんは浮かない顔をしています。「どうしたの」と聞くと「だれも、かたづけてくれへんねん。」確かにままごとコーナーがずいぶん散らかっています。Mちゃんはこの散らかり方を見て片付けようとしたけれど、1人ではとても手に負えないので、どうしようかと思案していたのです。

Mちゃんが散らかったままごとコーナーを自ら片付けようと思ってくれたことが何よりも嬉しく、「片付けようとしてくれてたんや、ありがとう」とお礼を言った後、ここは大人が手を出すよりも子ども同士の関わりにつなげる方が良いと思い、「1人で片付けるのが大変だったら、お友達に手伝ってって頼んでみたら。1人でできないときは手伝ってて頼んだらええんやで。」と提案してみました。「片付けるの大変やし手伝って。」「ええよ、一緒に片付けよ。」という会話があって何人かで片付け始める。そんな姿を想像しながら、その場を立ち去ろうとしたら、「先生手伝って」とMちゃんの声。まさかの展開に、出かけようとしていた私は一瞬戸惑いましたが、手伝ってと頼んで良いと言った舌の根も乾かないうちに断るわけにはいきません。一緒に片付けることにしました。

片付け始めてみるとかなり散らかっていて、子ども1人では手に負えないのがわかりました。私は何をどこに片付けると良いのかわからなかったので「フライパンはどこに片付けるの?」と尋ねると「そこに写真が貼ってあるからそれを見て片付けて!」とMちゃん。「お人形はどこ?」「それはこっち!」「この洋服は?」「それはこの箱やけど、先生たたみ方が違うで!」この調子でしばらく片付けるとだんだん美しくなってきました。「見てみ、だいぶきれいになったで」「ほんまやな」と少し嬉しくなりながら、片付けていると2歳児さんが2人やってきて、遊び始めました。Mちゃんは「今、片付けたとこのおもちゃ出さんといて!」とぷんぷんしていましたが、「まあええやん。小さなお友達におかたづけの見本見せて教えてあげたら。」というと、少し納得してまた片付け始めました。15分ほどかかったと思いますが、とてもきれいになりました。「Mちゃん見てみ。めっちゃきれいになったで。きれいに片付けると気持ちええなー!」「ほんまやなー!」Mちゃんも満足げです。

Mちゃんが自ら片付けようと思ってくれたこと、一人で手に負えないときは誰かに頼んで良いと理解して、私に応援を頼んだこと、最後までやり遂げたことが、とても嬉しくて翌日のお参りのときにみんなに「昨日とっても嬉しことがありました」と伝えました。最初はMちゃんとは言わず、4歳児の女の子とだけいって紹介していたら、5歳児のKくんが「4歳児の女の子ってだれ?」と何度も聞いてきました。誰だったかは最後に言おうと思ってたので、すぐには答えなかったのですが、当のMちゃんが「先生、Kくんが誰って聞いたはんで!」というので、名前を明かしました。

「それはMちゃんです」といったときのMちゃんの笑顔は忘れられません。

認める

2011/11/09

子どもたちが、この「お互いを認め合う」ことに喜びを感じてほしいと思います。そのためには、子ども自身が親や周りの大人から認められる必要があります。大人が、子どもの気になるところ(直した方が良いと思うところ)ばかりを見て、その子を認めず、それはダメ!これをしなさい!と自分の思うとおりに子どもをコントロールし、動かそうとしてばかりいると、子どもも他の人を認められなくなります。子どもが育ってゆく力の元が萎えてしまいます。それは避けたいものです。子どもに足りない部分ばかりを見る減点法的な見方ではなく、ちょっと足りない部分もあるけど、こんなステキなところもある、あんなすばらしいところもあるという見方をしたいものです。

みんながそうだとは言いませんが、親となるとどうしても自分の思うように子どもを動かしたくなってしまい、必要以上に干渉したくなるときがあります。「この子はより良く育ってほしい」という気持ちからなのはよくわかりますし、何度言ってもわかってもらえないとついイラッとしてしまうことだってあるのもわかります。そんなときに自分の心に余裕がないと、ついその気持ちをことばや態度にして子どもにぶつけてしまいます。そうなると子どもは辛いし、大人も悲しくなってしまいます。一歩下がって、イライラを子どもにぶつけようとしている自分を冷静に観察して、イライラに翻弄され暴走しそうになっている心にストップがかけられると、子どもも大人もいやな思いをしなくてすみます。

この一歩下がるという距離感はとても大切です。自分の心を冷静に見つめるという意味でも大切ですし、子どもとの距離という意味でも大切です。つい子どもにべったりくっついて、ああしなさい!こうしなさい!と指示をだしてしまいます。子どもに甘え依存してしまわず、子どもを丸ごと信じて認め少し離れたところから見ることができると、お互いハッピーでいられると思います。

子どもがやっていることには全て意味があります。たとえ、大人にはつまらないことに見えてもその子にとっては大切なことがあります。もし大人にとって困ったことをしていても、それはつぎの育ちのための準備をしているのかもしれません。

子どもの今を丸ごと信じ、認めるということを大人自身が実行することで、子どもも誰かを認めることができるようになるのです。もし、子どもに「お互いを認め合えるようになってほしい」と願うなら、まず大人がそうすることが必要です。子どもは周りの大人を真似て育つのですから・・・

ひとの役割

2011/11/08

ものの役割ということについて考えていたら、人もそうだと思いました。みんな役割を持っているのです。子どもでも、高齢者でも、男の人でも、女の人でも、誰でもその人ひとりひとりの役割があるはずです。そしてその役割が果たせるときが、いのちが輝くときなのです。

違う言い方をすれば、一人ひとりがそれぞれにステキなところを持っていて、それが発揮できる、自分の得意技を活かして誰かの役に立てる。自分が楽しい、うれしいと思って行うことで、誰かが喜んだり幸せになったりできる。こんなにうれしいことはなく、これほどいのちが輝くときはないと思います。

みんなが同じではないので、それぞれにもっている得意技が違います。それぞれの得意技を持ちより力を合わせれば、その力は何倍にもなります。そんな関係ができている集団には力があります。一人ひとりが、喜んでやるっている、やりたくてしょうがないことやっているのですから、力にならないはずはありません。一人ひとりが輝くことで全体としての輝きが増すのです。そんな集団がたくさんあればいいのにと思います。

そうなる前提として、お互いが認め合うことが必ず必要です。自分の考えだけが正しくて、人の考えは間違っている。だから人も自分の考えるとおりにやらなくてはならないし、それをやらない人はダメだ。となってしまうと、ダメだと言われる人はうれしいはずがありませんし、思い通りにならないといって苦しむのは、誰あろう自分自身なのです。意見が違えば、心を開いて徹底的に話し合えば良いのです。

そうなのに、「自分の思うとおりにしたい」という欲に振り回されて、苦しんでしまうのです。よほど気をつけて自分の心をコントロールしていないと、すぐにこの欲が出てきて暴れるので、心を持って行かれそうになります。気をつけたいものです。

認め合うことは、まず自分が相手を認めることから始まります。相手のステキをみつけることです。誰かのステキを見つけて尊敬できる。この誰かのステキがその人の役割なのでしょう。みんながお互いに認め合えれば、みんな幸せになれる。そんなふうでいられるといいなと思います。

みんなが幸せになんてなれないのでしょうか?

そろそろ人間もその方向を目指して進化しても良い頃だと思うのですが・・・

もののいのち

2011/11/07

ごみのことをもう少し考えてみました。当園は「みんなのいのち輝く」ことを目指しています。「いのち」ということばに「役割」という意味を見いだせば、生物だけでなく、たとえ石や水といった無生物であっても「いのち」があるといえます。ですから、全てのものにはいのち(役割)があって、そこにいるのです。ですから、一仕事終えてひとつの役割を果たしたら、次の役割をはたすことでそのいのちを輝かせてほしいと思います。その役割が見えないことや気付かないことが多くて、すぐに何の役にも立たないと決めつけるから、ごみになってしまうのです。

ごみ問題ではよく3Rということが言われます。Reduce(リデュース)ごみの発生抑制・Reuse(リユース)再使用・Recycle(リサイクル)ごみの再生利用です。役割という視点で考えると、リデュースはごみにしないで別の役割を考えてみる、リユースはもう一度同じ役割を果たしてもらう、リサイクルは姿を変えて次の役割が果たせるようにすることだといえます。

こういうと、何でもかんでも残して、ため込むと片付かないと言われそうです。その通りです。ため込んでしまうと、そのものが役割を果たせなくなるので、ため込まない方が良さそうです。これがなかなかできないのですが・・・

ひとつひとつのものに役割を見出す努力をする。役割を見いだせなくて、捨てる場合でも、「ご苦労様、ありがとう」という感謝の気持ちは持ちたいと思います。

ごみ

2011/11/06

最近、ごみについて考える機会がありました。できるだけ排出するごみを少なくしたいという視点で、何人かの職員と話し合ってみたのです。その中で、そもそも「ごみってなんだろう」という話になりました。

広辞苑には「物の役に立たず、ない方がよいもの。ちり。あくた。ほこり。また、つまらないもの。」とあります。ことばの意味としてはそうなのでしょうけれど、私たちが毎日排出している「ごみ」と呼ばれる物は、「本当に何の役にも立たたず、ない方がよいもの」なのでしょうか。

11月の京都は紅葉の美しさに惹かれていらっしゃる方々であふれます。鞍馬も例外ではありません。保育園があるお寺の境内は、お寺のみなさんがが美しく掃除していらっしゃることもあって、ゴミが少ないと思いますが、ときどき空のペットボトルやお弁当の容器などが、トイレの脇などに置いてあることがあります。ごみといわれるものです。しかし少し考えると、このペットボトルやお弁当の容器は中身が入っているときはとっても重要な役割を果たしていたはずです。持ってきた人ののどの渇きを癒やしたり、空腹を満たすためのお茶やごはんを運んできたのです。物の役に立たないどころか、立派な役割を果たしていたはずです。それなのに、役割が終われば、ポイ!なのでしょうか。

お寺の境内に「ごみ(役目を終えた物)の持ち帰りにご協力ください。」という掲示があります。人であれば誰かが何かの役を果たせば、ありがとうとかご苦労様といって労をねぎらい、またよろしくお願いしますというはずです。ペットボトルだってお弁当容器だって、立派に役割を果たしたはずです。せめて、「お茶やお弁当を運んでくれてありがとう」という心は持ちたいものです。考え方の起点をそこに置けば、ただ、ポイ!と捨てるのではなく、何か次に活きてくれることを考えられるように思います。

お火焚き

2011/11/05

京都では11月になると、多くの社寺でお火焚祭が行われます。秋の収穫に感謝する収穫祭とも、火によって罪穢を祓う清めの行事とも、太陽の光が弱くなる冬に火を焚いて太陽の生命力の復活を祈る意味を持つともいわれ、庭火を焚いて祝詞があげられたり神楽が舞われます。このお火焚きの炎でみかんを焼いて食べると病気をしないといわれたり、この季節になると、お火焚きまんじゅうという宝珠の模様のついたおまんじゅうがお菓子屋さんの店頭に並んだりします。またこのお火焚祭は「おしたけさん」とよばれ親しまれているとともに、神社だけでなく民間でも広く行われています。

鞍馬地区のお火焚祭は、由岐神社、貴船神社、二ノ瀬のお宮と各地区の神社で行われていますが、各町内でもお火焚きが行われています。今は火を焚くということこそしなくなったものの、町内の各家から宿と呼ばれるその年の担当の家に集まって、皆で町内の安全や各家の安寧をお祈りし、会食や茶話会で親睦を深めるとともに町内の様々なことを話し合う場にもなっています。町内の役職交代の節目となっているところもあります。私の参加させていただいている町内では、皆が集まりやすいお宅が毎年会場を提供してくださっています。その家のお座敷に毘沙門天のお姿の描かれた掛け軸をお祀りし、お正月に供える鏡餅のような紅白のお餅、みかん、柿などをお供えして、皆で般若心経をあげてお祈りをしています。同じ鞍馬の中でも町内によって少しずつ違った方法で行われているようです。

現代の普段の生活の中で、神仏に祈るということが少なくなっているのではないでしょうか。昔から日本人は神仏とともに暮らしていて、様々なことが祈りと繋がっていました。どうしようもない自然の力を畏れ敬い、その中に神を見て謙虚な気持ちで生活していたのです。

もしかするとそういう普段の心がけが、自分自身を見つめ律することにつながるのかもしれません。「誰も見ていなくてもお天道様が見ている」とよくいわれたものです。そんな気持ちを大切にながら毎日を過ごしてゆきたい。普通の生活に残っている伝統行事を通じてそんなことを感じました。

京都市学童柔道大会

2011/11/04

鞍馬小学校に柔道部があり、子どもたちが練習に励んでいることは以前のブログにも書きました。この子たちが日頃の練習の成果を発揮する場が年に3回あります。夏の京都市学童柔道個人選手権大会、秋の京都市学童柔道大会、冬に行われる耐寒学童柔道大会です。11月3日第51回京都市学童柔道大会が岡崎の旧武徳殿で開催されました。

武徳殿は平安時代に大内裏に建てられた殿舎で、演舞や競べ馬が行われる場所でした。現在、京都岡崎の京都市武道センターにある旧武徳殿と呼ばれる建物は明治32年(1899)に造営されたもので、現在は国の重要文化財に指定されています。そんな由緒ある建物で学童柔道大会が行われるというのも意義深いことです。快晴に恵まれた当日、最高気温23度という11月にしては暑い日になり、武徳殿の内側に開く蔀が全て開けられていました。開会式前から打ち込みをする子どもたちの額には汗粒が光っています。

午前中は個人戦が行われますが、これは順位を決めるのではなく、1人2戦する形で行われます。200名あまりの子どもたちが学年ごとに、同じくらいの体格のこと対戦できるようになっています。鞍馬小学校から出場したほとんどの子が1勝はしていました。町道場に通って練習を積んでいる子が多い他校の子どもたちに比べ、練習時間も短く、練習相手も少ない鞍馬小学校の子どもたちはよく頑張ったと思います。

午後は学校対抗の団体戦、こちらはトーナメント形式で優勝校が決まります。鞍馬小学校も少ないメンバーから5名を選手登録して初戦に臨みます。初戦は不戦勝1人を含め全勝で2回戦進出、保護者の応援にも熱が入ります。学校からも校長先生、教頭先生のほか2人の先生がいらしてくださいました。団体戦2回戦は強豪校とあたって、2勝3負と惜しくも敗れましたが、主将の6年生は圧倒的な強さで相手の主将を下していました。

こういった試合となるとどうしても勝敗が気になるところですし、子どもの達成感という意味で勝つことは大切な要素のひとつですが、鞍馬小学校の柔道部は少し変わっているかもしれません。それは指導者のこんなことばに表れています。

試合の勝敗なんてどうでもいい。柔道は相手が自分より強ければ負けるし、弱ければ勝てる。勝てる試合は勝てば良いけど、大切なのは負ける試合。自分より強い相手に対して自分がどれだけのことをできるか、強い相手に対して怖がらず、自分の技をかけてゆけるかそこが大切なんだ。

試合で相手に勝つことも大切ですが、それよりも自分の弱さに打ち勝って強い相手にでも技をかける勇気や、辛くても自分から積極的に練習に取り組む、そんな心の強さを柔道を通して子どもたちが育んでほしいという願いがあるのです。

  最初の試合が始まります

団体戦に臨む鞍馬小学校柔道部

おたのしみかい 4

2011/11/03

    小学生のダンス

いよいよおたのしみかい当日、とっても良いお天気に恵まれました。朝からみんなで簡単なお参りをしたあと、第1部ステージの始まりです。園児の有志や小学生がダンスを披露したり、保護者有志の○×ゲーム、そして男性保育士が体操のお兄さんになって、みんなで歌ったり踊ったりしました。すでにこの時点から全員とっても盛り上がっていました。園庭では焼き芋担当を買って出てくださったお父さんが一人で頑張って火床をつくり、薪を燃やして焼き芋の準備をしてくださっています。焼き芋に使うサツマイモは4歳児5歳児がおいも掘りに行ってとってきたものを、うまく保存しておいたのでした。それにお寺からいただいたジャガイモを加えてかなりたくさんの数の芋が、小学生の手でアルミホイルにつつまれました。

      やきいも

室内では、前半のおみせやさんスタッフが保護者と一緒に各店舗にスタンバイして、後半におみせやさんスタッフとなる親子は、お客さんになっておみせを巡ります。さすがに11時前のごはんやさんは少し暇そうでした。マッサージやさんもお客さんが少なくて、いろいろなところにお客さんを呼びに行っていました。11時半で今までおみせのスタッフだった人とお客さんとが交代します。どのおみせに行ってもお客さんもスタッフもとても楽しそうです。子どもたちはもちろん保護者も真剣に各ゲームで楽しんだり、店員になりきったりしていらっしゃいました。お昼近くのごはんやさんは、大繁盛。園庭に準備した席は、やわらかな秋の日差しの中、おみせやさんの味噌汁と持参のおにぎりを親子でのんびりと食べていらっしゃる方々で満席です。食事が終わった人がやきいもを求めるので、焼き上がっていたいももあっという間になくなってしまいます。焼きいもを担当してくださっていたお父さんはもう汗だく、2キロは痩せたんじゃないかなとおっしゃっていました。

      コインおとし

12時半にはすべてのおみせやさんが閉店して、ステージ第2部の始まりです。2部の最初はお楽しみ会スタッフのダンス。衣装やメイクがとても凝っていて、よく見ても誰かよくわからないくらいで、会場は大爆笑でした。そして、最後は、保護者バンドによる演奏と歌です。といっても、みなさんプロのミュージシャンなので、『アイアイ』『大きな栗の木の下で』『どんぐりころころ』『真っ赤な秋』などのおなじみの曲ががすごくかっこいい曲になっていて、みんなで歌いました。ここに一緒に登場していた保育士が少し弾けすぎていましたが・・・

     ストライクアウト

いろいろな人が自分の得意技を発揮して楽しむ。そのことで他の人がうれしくなったり楽しくなったりする。準備段階から最後までがそんなステキな行事でした。スタッフの皆さんは、ひとつひとつのことを心を込めて丁寧に行ってくださいました。それも楽しみながら・・・

週明け、合う人合う人から「土曜日はありがとうございました。楽しかったですね」の声を聞きました。スタッフの皆さんをはじめ、みんなが気持ちを一つにできたから、本当のおたのしみかいになったのです。ありがとうございました。

   ゆったりおひるごなん

    ごはんやさん

    マッサージやさん

おたのしみかい 3

2011/11/02

今年も6月頃に保護者のおたのしみかい実行委員を募ると6名の方が手を挙げてくださいました。同時に全ての保護者に今年のお楽しみ会ではどんなことがしたいか意見を募集しました。意見の中には、去年のバーベキューが楽しかったというのもありましたし、流しそうめん、仮装大会、屋台、お店屋さんごっこなど楽しそうなアイデアがいっぱいです。そして、9月の運動会が終わってから第1回の実行委員会をもち、具体的に何をするかを決定しました。その中で昨年のバーベキューで保護者と職員の距離がぐっと近づいたのだから、今年は親子で楽しめることができると良いということで、募集したアイデアのなかでも多かった親子でお店屋さんごっこをすることに決まりました。話し合いの中で「子ども主体」「子どもをまんなかに」というのなら、もっと子どもが楽しめるものにした方が良いという意見が保護者からでてきたことに、園の理念を保護者が自分のこととしてとらえてくださっているのだと思いました。

実際にどんなお店を出すのかは次のように決まりました。それを決める過程でもかなり深い話し合いが行われたので、決定理由とともにどんなお店を出すことにしたのか紹介します。

コイン落としは、1歳児の保護者がうちの子は、物をつかんで何かに入れるのが好きで、そんな遊びをよくしているから、物をつかんで落とすことができるゲームコーナーが良いとおっしゃってくださったのをきっかけに、水を張った水槽に小さな容器を沈めて上からいろいろな物を落として容器のなかに入れるというゲームを行うことになりました。子どもの今の姿からその子に必要なことは何かを考えて環境を整える。私たちが大切にしている、子どもの姿から考えることを保護者が自然に行ってくださっています。

おまつりの屋台をイメージしたストライクアウトやまとあてなどのゲームは、大人も子どもにかえって真剣に楽しめると良い、真剣に楽しんでいる大人の姿を子どもが見るのも良いという理由で大人も参加することに決まりました。実際にやってみるとどうなのかというシミュレーションも行われ、まとあては小さな子には難しいから、まとあての代わりにひも引きを用意することになったようです。

ユニークなものではマッサージ屋さんというのがありました。子どもが家でマッサージをしてくれると結構上手くて気持ちいい。ゆったりした癒し空間があるとよいという保護者の意見から開設されることに。

お昼ご飯は、園で調理員が具だくさんの味噌汁を作り、ごはん屋さんで提供するとう案に落ち着きました。ごはん屋さん担当の子どもたちが、味噌汁を運んだりテーブルを拭いたりするのです。

ステージは、いろいろな得意技を持つ人がそれをステージで発表していただき、皆さんに喜んでいただこうという趣旨です。

1ヶ月半の間に5回以上も集まって、話し合ったり、必要な物を作ったり、シミュレーションしたりと、保護者実行委員の皆様にはお手数、お手間をおかけしているなと思っていました。ある日委員会が終わって会場から出てこられた保護者に「お世話になってありがとうございます。お手数をおかけしてすみませんね。」と声をかけると、「いろんなことがどんどん形になっていって楽しいです!」と答えていただきました。なんだかとってもうれしくなりました。

おたのしみかい 2

2011/11/01

前にもおたのしみかいを行っていたことがありました。そのときは「みんなが仲良くなり、コミュニケーションを深める」という目的でしたが、保育園が主導で企画、準備、当日の進行、片付けなどを行っていて、保護者は当日の参加だけでした。お父さん方には、園庭にかまどを設け大きなお鍋で味噌汁を作ったり、焼き芋を焼いていただいたりし、子どもたちはお母さんと一緒に味噌汁の具材をちぎったり、切ったりして、親子合同のクッキングをするという内容でした。それはそれでみんな楽しめたのですが、諸事情でしばらく中断していました。

そして、昨年度から「保護者と保育者が力を合わせて一緒に作ってゆく」という目的で再開したのです。保護者から数名の実行委員を募り、保育士の担当者が加わって実行委員会を組織し、どんなことをするのか企画段階から一緒に考えて作り上げてゆくようにしました。昨年は園庭でバーベキューをしようという企画で、保護者の皆さんがとても積極的に活動してくださって、楽しい会になりました。初めてのことで全てが手探り状態だったので、実行委員の皆さんにはいろいろとご苦労をおかけしましたが、とても積極的に取り組んでくださいました。

おたのしみかいの2日ほど前から台風が接近して、もしかすると当日は、台風直撃かと思われる予報が出ていたので、中止も含めて検討しましょうと実行委員の保護者に相談したら、風雨で園庭を使うのが無理なら、ホットプレートを持ち寄ってテラスでやりましょう。電気の容量が不足するなら、電気工事のお仕事をされている保護者がいらっしゃるのでその方に仮説の電源を引いてもらえば良いじゃないですか。ということですぐに話がまとまり、もし当日風雨が強いようであれば、すぐにその体制がとれるように準備をしてくださいました。このときの保護者の皆さんのアイデアと行動力、チームワークにはとても驚かされるとともに、すぐにあきらめず、できることを全てやった上で、問題が起これば次の手を考える。全力でトライするという当たり前のことを再認識させていただきました。「弱気になっていないで、しっかり前に進め!」とガツンと背中を押された気がしたのを思い出します。これほどまでに園のことを考え、力になってくださる保護者に支えていただいているのだと思うと涙が出そうになったほどです。そんな保護者パワーに圧倒されたのか台風はそれて、当日は小雨程度で当初の予定通りおたのしみかいを行うことができました。

そして、今年も保護者の皆さんのパワーとチームワークが発揮されたおたのしみかいの企画が夏頃から始まりました。

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