shigaraki (鞍馬山保育園 の投稿者) - 149ページ目 (186ページ中)

経塚巡拝 2

2012/05/14

5月の真っ青な空を背景に薄緑色の若葉のトンネルをくぐって一日歩き続けた経塚巡拝。木漏れ日がキラキラし、立ち止まるとひんやりとした風が汗をぬぐってくれます。道なき道をかき分けて山をよじ登るときはきつくても、歩みを進める感覚を足の裏に感じながら一歩一歩、上へと進めば、息が切れたり、足が痛かったり、しますが、それを超えた気持ちの良さがあります。

参加者は4歳から70歳近い方まで両若男女23名。かなりの人数です。地元の方やお寺の職員さんなど山歩きに離れている人から、普段は山歩きなどしない人もいらっしゃいます。当園の保育士も一人参加してくれました。こんな時に難しいのが、みんながどれくらいの早さで歩くかです。誰でも、自分のペースで歩くのが一番楽なのですが、歩くのが速い人がどんどん歩いて行ってしまうと、ゆっくりの人がとてもきつくなってしまいます。早い人が少し待ってあげて遅い人が追いついたらまた歩くというのでは、遅い人は休む間がありません。

前半は山を歩き慣れた人が先頭に立っていたので、慣れていない人にはすこしきつかったかもしれません。しかし、後半は子どもが前を歩いていたので、かなりゆっくりとしたペースになりました。
前半のみんなが元気があるうちに、少し頑張って歩き、後半の疲れてきたところでペースが落ちたので、年長者や歩き慣れない女性の方はとても助かったとおっしゃっていました。

社会にはいろいろな人がいます。その中には子どもや、高齢者、しょうがいのある人など弱い立場の人がいます。弱い立場の人が一番大切にされる社会が健全な社会だと聞いたことがあります。

山歩きは遅い人に合わせるのが基本ですが、今回も一番弱い子どもや、年長者、女性にあったペースで歩けたことがみんなの満足につながったのだと思います。後半先頭を歩いた子どもは、「あなたのペースで歩けてとても楽だった」とみんなから感謝されていました。

いろいろな場面で、弱い人が大切にされると良いですね。

20年後

2012/05/14

月日の立つの早いもので保育の仕事に携わって、23年目に入ろうとしてます。最初の頃に見ていた子が、もう20歳を過ぎ一番大きい子で27、28歳になっています。

最近、その頃の卒園児さんや保護者にも偶然ばったりと会うことがあって、警察官になっている子もいれば、電車の運転手、ホテルの受付、アパレル販売、お寺、保育士、もうすぐ結婚するという子もいて、さまざまですが、何より嬉しかった事は、どの子も、それぞれのモチベーションで一生懸命、頑張ってるということです。

ある卒園児のおばあちゃんが電車の中で話してくれたのですが、今まで仕事をしてから一度も仕事の愚痴を聞いた事がないと言ってました。また、ある卒園児さんは、自分のこれから頑張ろうとしてる事を瞳をキラキラさせながら一生懸命話してくれて嬉しかったです。

私は、最近よく思うのですが、人の価値は、どんな仕事についているから立派とか偉いのではなくて、その人が今の場所で、どう生き、輝いて頑張っているかが大切なことじゃないかと思います。一生懸命、頑張ってる人を見ると、たとえ知らない人であっても応援したくなります。今、来ている保育園児さんも20年先に、またそんな話が聞けたらいいなあと、思います。

経塚巡拝

2012/05/13

経塚巡拝というお寺の行事がありました。経塚とは、写経を埋納した場所です。鞍馬山や周りの山々の尾根をはじめとした山の中に17箇所の経塚が有り、一カ所ずつお参りして巡ります。

そもそもなぜ経典を埋納したのでしょうか。書写した経典を後世に伝えるために経典を経筒に入れるなどして、埋めることです。平安時代に末法思想が流行し末法の世まで経典を残したいという理由と、お釈迦様の入滅後56億7千万年後に弥勒菩薩が弥勒仏となってこの世に出現して説法してくださるときに埋納した経巻が出現すると信じられていたこと等の理由から埋経が行われるようになりました。
鞍馬山を取り巻くように築かれた経塚には、お寺を守る役割があったのではないかとする説もあるそうです。

朝9時に山門を出発し全行程、平面距離にして約12キロ、上り下りを加えると。18キロ近くを丸1日かけて歩きます。お寺の参道であったり、自動車の通る鞍馬街道だったり、道なき道をよじ登るようなところもあり、ハイキングコースになっている歩きやすいところもあり、一歩間違えば、かなり危険なことになりそうなところもあり、様々な道を歩きます。今年は鞍馬の方々のご尽力で、新しい道が開拓され、ずいぶんと時間的体力的に楽になりました。

朝から快晴のとても良いお天気で、朝は寒いくらいの気温でした。日差しと共に少しずつ気温が上がって、頑張って歩くと汗ばみますが、少し立ち止まって休憩していると、とてもさわやかな、ひんやりとした空気の流れが感じられました。山の中を歩いていると、木漏れ日が緑色に染まっている気がして、ふと上を見上げると、真っ青な空に日の光を透かした若葉の緑が輝き、美しいことこの上ありませんでした。

帰ってきて、少し足は痛みますが、心地よい疲れを味わうことができる、とてもステキな一日になりました。

赤ちゃんパワー

2012/05/12

5月10日夕方、テレビのニュース番組で、赤ちゃん先生というタイトルのニュースが流れていました。不登校になってしまった高校生が通っている場所に、赤ちゃんが訪れるというものでした。高校生たちは、ぎこちない仕方で赤ちゃんをだっこしたり、あやしたりしていました。ふれあいが終わってから感想を聞かれた高校生は「めっちゃかわいい!」「また来て欲しい!」と満面の笑顔で応えていました。赤ちゃんとふれあうことを通して、感じること、学ぶことが多いのではないかということから行われた試みだったようです。赤ちゃんが高齢者の施設を訪れるケースも紹介されていましたが、赤ちゃんに接したお年寄りは一様に笑顔になっておられたようです。

赤ちゃんですから、もちろんお母さんがいらっしゃるわけですし、お母さんは大変ではないのだろうかと思っていたところ、お母さんの視点から見たこのとりくみも紹介されていました。私はさぞかしボランティア精神旺盛なお母さんで、そういう意識で活動していらっしゃるのだと思い込んでいました。ところが、お母さんも「こういう機会に外出することで、気分転換になってうれしい。それまでは子どもが泣いたらどうしようと思って電車に乗るのが怖かった。」「外出できなかった。」とおっしゃっていたのに少し驚きました。子どもを連れての外出がそれほど負担に思う人もいるのだということです。確かに片手に子どもをだっこして荷物をいっぱい持って大変そうなお母さんを町で見かけることはよくあります。周りの人も助けてはくれるとは思うのですが、それは負担なのでしょうか。子育て中のお母さんにも子どもにも負担が少ない社会であると良いなと思います。
また、お母さんは「赤ちゃんとふれあうことで、お年寄りが心を開いたり、高校生が笑顔を見せてくれるのが、うれしい。」ともおっしゃっていました。まさに赤ちゃんパワーです。
こういったとりくみが、赤ちゃんを育てるお母さんにも孤独感から解放される機会となっているのですね。

赤ちゃんがかわいく見えるのは、赤ちゃんの戦略だそうです。大人が世話をしたくなるように、かわいくできているのです。赤ちゃんには大人にはない能力がたくさんあるのです。もしかしたら、人の心を開く力も持っているのかもしれませんね。

筍

2012/05/12

長いお休みがあけこども達も元気に登園してきました。みんなそれぞれ楽しかった思い出があるようで朝からGWの話をたくさんしてくれました。

そんな中今日はリズム遊びの前に筍の皮をみんなでむく作業をしました。みんなの手や顔よりも大きな筍に興味津々!!!グループに別れて筍の皮を巡りました。楽しそうに皮をむいている姿があったり..どこまでむいていいのかわからず困っている姿があったり様々でしたが収穫したての筍に触れる事ができてとってもいい経験になったかなと思いました。

おさんぽ

2012/05/11

4歳児と5歳児がさんぽに行くというので、またまたついて行きました。行き先は前回と同じ鞍馬山の木の根道や大杉権現方面です。もちろんケーブルを使わずに歩いて行きます。子どもたちが出発してしばらくしてから園を出たら、みんなの姿は見えず、声さえも聞こえません。慌てて追いかけますが、なかなか追いつきません。ようやく追いついたのは本殿までの約半分を登ったところでした。それでも葉っぱを拾ってみたり、虫を見つけてみたりしながら歩いているのです。本殿前まで登ると、八重桜のピンク色に染まっていた前回から一変、緑が支配する景色になっていました。子どもたちも気がついていて、「緑になってる」と言っていました。

     だいじょうぶ?

本殿前から奥の院方面へ向かう途中、先に行った友達に追いつこうと走っていた4歳児の女の子が、石畳に躓いて結構派手に転び、痛かったのと驚いたので泣きだしました。私はとっさに駆け寄ろうとしましたが、保育士はどうしたのだろうと周りを見回すと、少し離れたところからその様子をじっと見ていました。しかし、安易に手を出したりはしません。しばらく見ていると、転んだ子は泣きじゃくりながらも自分の力で起き上がりはしましたが、涙は止まりません。そうすると5歳児の女の子がスッと近くに行って、転んだ子のズボンの裾を上げて、膝頭を見てあげていました。

     山道を登ります

特にけがをしていたわけでもなかったようで、5歳児の女の子は、「大丈夫!」と言ってなぐさめてあげると、転んだ子は納得して泣き止み、山上へ向けて歩き出していました。

けががひどかった時はもちろん保育士が、手当をしますが、まずは子どもに任せていたのでした。この任せるというが結構難しくて、ついつい先回りして手出し口出しをしてしまいがちなのです。任せるために必要なのが、子どもを丸ごと信じるということです。信じて子どもどうしで解決できるよう見守れば、子どもは自ら動き出せるのです。

  切り株でバーベキューごっこ

木の根道に到着した子どもたちは、木の根道付近で遊ぶか、大杉権現前で遊ぶかを選び、山の中でしばらく遊びました。この日は気温も低く、風が強かったので、子どもたちが遊ぶのをじっと見ているとかなり寒く感じましたが、子どもの遊んでいる姿を見ていると、何をどう考えて動いているのだろうと不思議になってきます。

たけのこ

2012/05/11

今年もたけのこが山城から届きました!

卒園と共に山城へ引っ越された方が、毎年お家でできたたけのこを朝一番に掘ってすぐに送ってくださるんです。(卒園した子は今年で高校一年生になりました)

早速、ご尊天様にお供えして子どもと一緒にたけのこの皮をむきました。
はじめはむずかしそうな顔をしていた子も、むいていくうちにたけのこの姿が見えてきて「たけのこや!」と大喜び。固い外側と柔らかい中身の感触を体験できました。
今度は給食室でいろんなお料理に変身するのが楽しみですね。

その日の夕方にお礼の電話をしたところ、「今年も鞍馬の子ども達に食べてもらうんやって言って、おじいちゃん、おばあちゃんが掘ってくれたんです。」といううれしい言葉が返ってきました。

いつまでも保育園の子ども達の事を大事に思ってくださる方がいてくださるんだなと思うと、胸が熱くなりました。

ありがとうございました!

竹の子

2012/05/10

先日、園に大きな箱が届きました。開けてみると大きなたけのこがたくさん入っています。実は毎年この時期にたけのこが届くのです。

京都府の南部の山城は有名なたけのこの産地です。その山城に転居された卒園児の保護者が送ってくださるのです。卒園された子どもさんが今年高校入学なので、10年間毎年頂戴していることになります。いくら特産品でお家でもたくさんとれるからと言って、毎年送ってくださるというのは、大変なことだと思います。

たけのこが届くと、10年以上も前に当園に通ってくださっていたときの子どもさんの顔や、お迎えにいらしていたお父さんお母さんの顔がとても懐かしく思い出されます。そんな風にして心を運んでくださるというのは、大変ありがたいことです。

そう思うと、その当時十分な保育ができていたのか?とふりかえると同時に、今も充分に努力しているのかと考えてしまいます。頑張っている部分、まだまだの部分いろいろありますが、もっともっと保育の質を高めるために、力を尽くさなくてはという思いにさせられます。

いただいたたけのこは早速子どもたちがみんなで皮をむいたそうです。滅多に見ることのない大きなたけのこに興味津々の子どもたちは、手触りや皮をむいたときの香りを楽しんでいたようです。

多くの人に支えられて保育ができることに感謝し、様々な形で頂戴するお心に精一杯応える努力を重ねてゆくこと、忙しいという理由でいろいろなことをおろそかにせず、ひとつひとつ丁寧にとりくんでゆくことそのことの大切さを見直しなさいとアドバイスしていただいたのだと思います。ありがとうございます。

スーパームーン

2012/05/09

5月6日は満月でした。今回の満月はスーパームーンというそうです。月が地球を回る軌道は楕円軌道で、地球と月の距離は、最も近いところで約36.3万キロ、最も遠いところでは約40.6万キロだそうです。この楕円軌道を公転する月が地球に最も近づいたときの満月、もしくは新月をスーパームーンと呼ぶそうです。NASAによると、大きさで14%ほど大きく見え、明るさは30%ほど明るいそうです。YouTubのSCIENCE@NASAという動画で解説されています。実際には普段の満月と比べようがないので、大きいのかどうかはわかりにくいと思います。満月は6日の昼頃だったので、5日の夜に見てみようと思いましたが、季節外れの強い寒気が流れ込んだために、雨が降ったり曇ったりしていて月は見られませんでした。

5月の満月の日、お寺ではウエサク祭という法要が行われます。南方仏教の国々ではお釈迦様の生誕と成道と入滅を祝うウエサクのお祭りが5月の満月の日に行われていますし、チベットでも行われていると聞いています。
鞍馬のお寺では満月に聖水を捧げ、すべての平安と、一人ひとりの目ざめを参加者が共に祈る形で行われます。7時に第1部の法要が始まってしばらくすると、大きな月が昇ってきました。いつもより少し大きいようにも思いますが、そう変わらないようにも思えます。とても幻想的な雰囲気の中、参加者は真剣に祈りを捧げていらっしゃいました。

午後10時からはじまった第2部では、参加者が満月に向かって座し、静かに自分自身を見つめる瞑想が行われました。スリランカからいらした僧侶の方々が唱えてくださるお経の声に心が落ち着き、いつまでも心静かに坐っていたくなる時間でした。空高く昇った月は、とても明るく、冴え冴えと輝いています。この清らかな光に包まれて、皆の心に平安が訪れることを願わずにはいられませんでした。

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