園長ブログ

自然の姿

2012/05/26

山にはいろいろな生き物がいます。植物も動物も菌類もたくさんのいのちが、お互いに支え合いながら、それぞれに精一杯生きています。小さいのから大きいのまで、生産者から消費者そして還元者、それぞれに役割を果たしながら関係し合って生存しています。種が芽を出して成長し花を咲かせて実をつける。そして種がまた芽を出して成長する。それを食べる虫や動物もいて、またその虫や動物を食べる動物がいる。木が枯れ葉をおとし、草花が枯れ、命絶えた動物たちが地面に横たわります。それらをキノコをはじめとした菌類が分解して土に返す。その土をよりどころとして、また新しいいのちが芽を出す。いのちは廻っているのです。

何年か前の夏のことです。鹿が足を滑らせたのか、参道の近くの谷に転落して亡くなりました。季節が季節だけに、すぐに悪臭を放ちはじめ、300メートルくらい離れた園の前でも風向きによっては、匂いが届きます。お寺に参拝される方々も、何の匂いかしらと困っていらっしゃる様子でした。何とかならないものかと、お寺の担当の方に相談したら、八方手を尽くしてくださったのですが、どうにもならないようでした。あっという間に腐敗が進んだようで、様子を見に行ったお寺の方は手のつけようがない状態だとおっしゃっていました。幸い姿はほとんど見えなかったのですが、匂いはとんでもないことになっていました。

お寺の貫主様に様子を説明したら、「自然のままにしておきなさい。」との一言でした。しかし、この匂いは大変です。と訴えても「すぐに自然が土に返してくれます。」とおっしゃるだけです。

いずれにせよ、どうしようもない状態なので、1週間なのか10日なのかもっと時間がかかるのかわかりませんが、そのままあきらめることにしました。

発見から3日目くらいまでは、ひどい匂いだったのですが、その後急に匂いがしなくなり、5日目くらいだったでしょうか、お寺の方が再び様子を見に行ってくださったときには、亡くなった鹿は既に骨だけになっていたそうです。

いつまでも悪臭を放ち続けるのではないかという私の予想は見事に覆されました。自然の力をまざまざと見せつけられたという感じです。部分にとらわれた一時的な思いは、間違った判断につながる。高いところからものごとを見つめる視点と、長いスパンでものごとを考えることの大切さと、自然の力を過小評価しないことを教えられたようなできごとでした。

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