園長ブログ

2012/01/06

保育園の園庭より少し高いところに畑があります。山の中で急な斜面が多いこのあたりでは、ある程度自由に使える貴重な平地です。ずいぶん前に畑として使い始めたのですが、せっかく種をまいても芽が出ると山から鹿が下りてきて全部食べてしまったり、猪が土を掘り返したりして作物を収穫することはできませんでした。そこで、畑の周りにフェンスを巡らしました。鹿や猪を防ぐこともできたので、子どもたちと大根を植えました。順調に育ってそろそろ収穫しようかといっていた矢先に畑が荒らされました。せっかく育った大根が全滅で、みんながっかりです。そうです。猿がやってきて全部食べてしまったのです。鹿や猪は周りを囲ってしまえば入ることはできませんが、猿は上からやってきます。作物を育てても野生動物が食べてしまうこともあると知るのも良いとも思いますが、作っても作っても猿に取られるのでは、子どもたちも楽しみがなくなってしまいます。そこで、男性保育士たちと網を張って猿も防ぐことができるようにしました。

そこまでした畑なのですが、どうも有効に活用できていないように思います。昨年はカボチャがたくさんできて、おいしくいただきましたが、他のものはうまくいきませんでした。十分な世話ができないのです。カボチャはほとんど世話ができなかったのに勝手にどんどん育ったという感じです。そんな畑を今年は少し有効に使うことができれば良いと考えています。

園芸や畑のことに少し詳しい職員とそんなことを話していたら、いろいろなものを育てるけれども、収穫をしたらそれで終わりになってしまうことが多くて残念だといいだしました。植えた種が芽を出して、花を咲かせて実が実る、そして種ができる。その種をまくとまた芽が出るということを経験してこそ、いのちの巡りが実感できるのにと言うのです。このことばを聞いて私はハットしました。まさにその通りです。子どもたちに体験して欲しいのはそこだったはずです。畑にその視点が欠けていたのだと思います。「みんなのいのちが輝く」と言っていながら、作物を食べることばかりに目が行って、作物が実るまでのいのちの働きを見つめることをおろそかにしていたのかもしれません。自分で育てて食べるという意味ではそれも良いのですが、そこにとどまることなくもっと大きな学びの機会があるはずなのに、近視眼的にしか見られていなかったのかもしれません。それに気付くことができたこと、そして何よりそのことを職員が提案してくれたことがとても嬉しく思いました。

本当は、みんなが同じ方向を向くことで職員間で気兼ねなく話しができ、みんなで「それがいいね」と納得できるともっといろいろなことが前に進み一番良いのですが、正直言ってまだそこまでたどりつけてはいません。前回のブログにも書いたように今年はみんなの気持ちを収束してゆくとに力を入れてゆきたいと思いますし、それと同時に畑を学びの場として有効活用してゆきたいと考えています。

でも、慌てない慌てない。自然はゆっくりとしか変化してゆきません。自分のせっかちをたしなめながらゆっくりと着実に進んでゆこうと思います。

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