園のこだわり

無隣庵 2

2014年3月17日

無隣庵の庭を造ったのは、平安神宮や円山公園、二条城など多くの庭を手がけた七代目小川治兵衞です。この庭をつくるにあたって、山縣有朋は小川治兵衞に三つのことを依頼したそうです。一つは琵琶湖疎水を庭に引き込むこと。もう一つは芝生を使うこと、三つ目は、樹木を多く植えることだったそうです。水については、先に書いたような工夫が凝らされています。芝生については、訪れたのが3月中旬なので、芝生は緑ではなく茶色でしたがそれも落ち着いた雰囲気がありました。芝生の茶色と木々の深い緑の色合いがほどよいコントラストを生み出しているのです。樹木も様々な種類のものが植えてあって、いろいろな緑を楽しめるのだそうです。係の方が青紅葉の頃が美しいとおっしゃっていました。きっと芝生の緑と、木々のいろいろな緑色が美しいのでしょう。いろいろな季節に訪れてみたいと思いました。植物の美しさといえば、花が思い浮かびますが、無隣庵にはあまり目立つ花はないようです。花が咲く木に、ツツジと木瓜がありますが、ともにとても背が低く刈り込んであり、花はかわいらしく咲きそうです。

敷地の一角には明治31年に建てられた煉瓦造り2階建ての洋館があります。土蔵のような扉から中に入ると、1階は展示室になっており、無鄰菴と主の山縣有朋、庭を作った小川治兵衛についての説明をした展示室になっています。

雰囲気のある階段を上って2階へ、階段室から部屋に入るとソファーが置かれた洋間になっています。斬新なソファーの色もそうですが、壁に向かって長い煙突が伸びている薪ストーブがなぜか気になりました。

階段室と比べるとかなり暗い室内に目が慣れてくると、壁の障壁画が存在感を放っているのに気づきます。江戸時代初期の狩野派による金碧花鳥図障壁画なのだそうです。そして、天井は織り上げ格天井というのでしょうか、趣向を凝らした作りになっています。洋間なのに障壁画と格天井、ちょっと聞くとミスマッチな感じもしますが、それがあまり違和感を感じさせないので不思議です。

「この部屋で明治36年(1903)4月21日,元老・山県有朋,政友会総裁・伊藤博文,総理大臣・桂太郎,外務大臣・小村寿太郎の4人によって,日露開戦直前のわが国外交方針を決める無鄰菴会議が行われた」と解説にありました。歴史が感じられます。

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