園のこだわり

懺悔(さんげ)

2014年3月9日

私(たち)は意識しなくても意識していても、多かれ少なかれ、何かしら罪を犯しながら生きています。だからこそ、いつもいつも、心から「ごめんなさい」の気持ちを忘れないようにしたいものです。ことばを代えれば、いつも懺悔(さんげ)から始まる。罪ばかり犯してしまっている自分を省みて、「ごめんなさい」から始めることを忘れずにいたいと思います。それは、いつも至らない自分だということを意識に留めて、わかった気になって、思い上がっていないかを確認することでもあります。謙虚に謹み深く生きているかを常に省みるということです。ふりかえると、まったくそうできていない自分がいることに気付きます。何回懺悔しても、また罪を犯してしまう。そしてまた懺悔する。その繰り返しなのかもしれません。しかし、懺悔をしなければ罪はどんどん深まってゆきそうです。

勤行や法要で唱える懺悔文(さんげもん)というのがあります。

(偈文)
我昔所造諸悪業

皆由無始貪瞋癡

従身語意之所生

一切我今皆懺悔

(意味)
私は、昔からたくさんの悪い業を作ってきました。
ずっとずっと昔から、貪り(欲望)と瞋り(いかり)と愚痴(愚かさ)により、
身体と言葉と心によって作ってきたものです。
私は今、それらの全てを懺悔します。

心の深いところでこの文を噛みしめて感じ、心の底からそう思って懺悔しても、犯してしまった深い罪はなかなか消えそうにありません。懺悔し続けるしかありません。

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