園長ブログ

地蔵盆のお参りに行きたいな

2012/08/27

地蔵盆のころは園児たちは結構忙しく過ごします。今年は8月22日に鞍馬の地蔵寺というお寺で地蔵盆の行事があってお参りしてきましたし、23日は園の地蔵盆で、3回もお参りをします。次の24日には鞍馬の各町内の地蔵盆が行われるので、そのうちの1箇所にお参りをします。お参りをすると、必ず般若心経を唱えてお参りをするので、お参りだらけで、子どもたちは少し飽きてしまうかもしれません。しかし、子どもたちも園以外で般若心経を唱えて「上手だね」などといわれると、やはり嬉しいのか、張り切って唱えたりしています。普段、教えているわけではないのですが、毎日のお参りに参加して自然に覚えているようです。

22日の地蔵寺での地蔵盆の行事には、午前中は園児達、午後からは学童保育に来ている子どもたちもお参りしました。この日は、私とお寺の担当者と2人で学童保育にあたっていましたので、私が地蔵寺まで引率してゆく事になっていました。学童保育では、基本的に自分のすることを自分で選びます。ですから、お弁当を食べ終わって地蔵寺にお参りに行くかどうかを尋ねると、2〜3人が行かないと言いました。そうなると、私が引率して寺の担当者が残ることになります。ところが、寺の担当者が「まだ地蔵寺に行ったことがないから、行ってみたい。」と言い出しました。普通に考えると大人が子どもにあわせるのかもしれませんが、ここは敢えて「○○先生もお参りに行きたいと言っているけど、大人が二人ともいてしまうと、お参りには行かないという子どもたちだけが残ることになるけど、そんなことはできない。○○先生は行きたがっているけど、どうする。」と投げかけてみました。「行かない」と行った子は、しばらく考えている様子でしたが、寺の担当者の「ちょっとだけつきあってくれへん?一緒に来てくれたら嬉しいな」のことばに、軽くうなずいて靴をはきだしました。

子どもも自分がやりたいことを申告できるのですから、大人だって「行ってみたい。」ということもできるのです。自分の想いを素直に伝えること、相手の思いを受けとめることを実践して、大人が子どもの思いを受けとめて考え、子どもがやりたいことができるようにすることがあります。逆に大人の思いを子どもが受けとめて考え、「しょうがないな、つき合ってやるか」と思ってくれることもあって良いと思います。子どもたちは大人が思っているよりずっとしっかり考えていて、大人の願いを聞き入れてくれるのです。

こうして、その日学童に来ていた小学生と大人2人で地蔵寺にお参りに行きました。

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