園長ブログ

いい加減

2012/05/20

チャレンジ体験でお寺に来ていた中学生たちと一緒に写経をしました。一字一字丁寧に書くことを目指してみんなで取り組みますが、どうしても時間差ができます。今回の参加者はとても書写するのが早かったのですが、中にはとても丁寧に書く子もいて、時間差がかなりありました。早く書き終わった子が書き終わっていない子を待っている間に読めるように本を用意しています。ひろ さちや原作、鈴木出版発行の「仏教コミックス」というマンガで、仏教についてわかりやすく書かれているシリーズです。

私も、早く写経を終えた子どもたちと一緒に読んでみました。私自身、静かに座ったり、写経をしたり、マンガを読んだり、結構楽しんでいるかもしれません。どうせやらなくてはならないのなら、楽しくやった方がいいと思います。

巻末にひろさちやの「まんだら漫歩録」というエッセイがあります。私が読んでいた「おシャカさまの悟り」という巻の「いい加減大好き」というタイトルのエッセイが気になりました。

「いい加減」ということばには、「いい加減なことをしてはいけない」という使い方と「いい加減にしなさい」という使い方があり、「いい加減」がいいことなのか、悪いことなのかという疑問をなげかけます。そして、いい加減は仏教でいう中道にあたるのではないかとしています。
極端ではなく、適度な、まあまあ、というところでしょうか。
お釈迦様は悟りを得たいと出家し、とても厳しい苦行を行われました。ところが、苦行では悟りは得られないと、苦行を捨てて中道を行うことで悟りを得られました。苦行が血眼の努力だとすれば、中道はゆるやかな努力、努力をすることが楽しいような努力をすることだそうです。

自分のことを指摘されているかのようでちょっと、ドキッとしました。「こうしなければ!」という思いが強すぎて、血眼になっているのかもしれません。自分自身が楽しくなるような努力をしているのか。と聞かれると、素直にうなずくことはできません。そのつもりではいるのですが・・・

中道の精神は、いい加減の精神だそうです。あまりにも血眼になってやっているときは「もう少しいい加減にしなさい!」と言わねばならず、反対に中途半端にチャランポランにやっているようなときは「そんないい加減なことではいけません!」と言わなければならない。いい加減でいなければならないと同時にいい加減でいてはいけないから「いい加減」は難しいとされていました。

もう少し肩の力を抜いた方が良いのかもしれませんね。

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