園のこだわり

未来を共有する視点

2013年1月20日

フォトジャーナリストの長倉洋海さん。戦場にカメラを向ける一方で、力強く生きる人々を様々な地域で撮り続けています。京都新聞社会面の新春企画「対話のカタチ」(1月7日朝刊)で長倉さんの印象的なことばが綴られていて心を動かされました。

まず、アマゾンの先住民クレナック族のことが紹介されています。勇敢な部族として知られているクレナック族は、土地と資源を求めてやってきた白人の入植者とは最後まで戦わずに故郷を去ったという話です。白人が来たときクレナック族が最初にしたのは、「戦いはやめよう」とみんなで念じた、懸命に祈ったそうです。人を憎んだり、暴力をふるったり、嫉妬したりすると自分の輝きが落ちてゆく、戦いは自分の魂をも傷つけると彼らは考えるそうです。白人には通じなかったけれど、相手と通じ合おうとする気持ちは大事なのです。とあります。

究極の祈りであり、相手を受けとめようとする姿勢です。戦わないという信念を守り、故郷を去ったというのですからその覚悟は想像することもできません。

そして、
神や精霊、先祖、自然に根付いた豊かな精神世界が薄れるなか、日本人は地球とも対話していない。現代社会は自然との間にフィルターを作って直接感じ合わない。地球のリズムに合わせるゆとりがない。と自然を感じたり精神世界に思いを馳せることが少なくなっていることを指摘しています。

南米インディオやニューギニア、北シベリアの先住民たちは鳥や獣、巨木、水などさまざまな「命」に話しかけます。クレナック族は「人間は死ぬと、すべてを創造するエネルギーの塊のもとに帰る」という。肉体はたかだか50年から100年だけど、精神のつながりはもっと広く伸びてゆく。未来を共有している。一つの豊かさがそこにあります。(引用)

ここを読んで、どうしても近視眼的に目の前のことだけに対処しよう、そこだけを何とかしようとしてしまいがちになってはいないか。ふり返って見ました。未来を共有する他の命のことにも思いを馳せる、広く高い視野が必要なのだと思います。子どもを育てることにこそそういう視点が必要なのではないでしょうか。

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