園長ブログ

心を開いて

2011/09/03

私たちは、毎日いろいろなことをしています。日々繰り返されること、毎週決まってやっていること。毎年巡ってくる行事。それらを行ってゆくうえで、毎日こうしているから、去年もこうしたから、とついついそのことの意味を考えず、慣例に従ってやってしまうことが多かったりします。いつもと同じやり方や形でも、何のためにそのことをするのかな?どんな方法や形が最適なのかな?と考えた上で、やっぱりいつものやり方が良いというのならそれでよいのですが、あまり考えないでいつも通りにやってしまうことがあります。

先日、このことを改めて考える機会に恵まれました。運動会が近いので、保育士が集まって打ち合わせをしていたのですが、毎年行っている方法はどうなのだろう?と一人の保育士が問題提起をしてくれました。それをきっかけに、いろいろな意見を遠慮なくぶつけ合うことができました。問題になったこと自体はとても些細なことですが、それぞれがいろいろな意見を持っていることがよくわかりました。誰かが納得いかないまま一つの方法を選びたくはなかったので、たとえ些細なことでもできるだけ意見を出してもらえるように時間をとりました。

人って不思議なもので、自分の考えでいろいろなことを解釈し、他の人も同じように物事をとらえ解釈していると思ってしまうのです。自分がもっているイメージと他の人のそれとでは違います。当然ですね、違う人間なのですから。でも、同じだと勘違いしやすいのです。心を開き、言葉を尽くして説明してこそ、少しずつわかり合えるのだと思います。

そうして、お互いの違いをわかり合っても、平行線のままのことが多いのです。そこで必要なのが、「そのことを何のために行うのか」から考えることだと思います。例えば運動会の開会式は何のために行うのか、そもそも運動会自体、なぜ行うのか。何のために行うのか。というところまで遡って、お互いに確認し合う。その共通認識をある程度もてたうえで、ではそれをどういう形や方法で行うかを作り上げてゆけると良いのだと思います。

そこまで深く充分に話し合うことはできませんでしたが、みんなが「何のためにそれをするのか」ということを考えるきっかけにはなったと思います。話し合う上で気をつける必要があるのは、自分と違う意見を聞いたときに、「なんでこの人わかってくれないのだろう」と不満や怒りといったネガティブな感情が生じてしまいやすいことです。このネガティブな感情に流されないよう、自分を律して冷静に意見として受け止め、自分の意見も冷静に伝えられることを心がけたいと思います。

話し合いの最後は、意見がすっきりまとまったわけではありませんでしたが、みんなが心を開いて話し合うことができたと思いますし、本当に大切にしなくてはならないこと「すべてのいのちが輝くために」を基準にして考えることができたと感じました。

すばらしい仲間とチームを組めることに感謝しています。

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