園の環境

園の環境~お寺の中にある保育園として

お寺の中にある保育園として 今の時代は、スピードばかり求められているような気がします。でも、鞍馬山の景色を眺めるたびに私は思います。「物事はゆっくり変わってゆくものなんだな」と。夏が終わって急に冬がくるわけではありませんし、季節が移り変わるのも朝日が昇るのもゆっくりです。子どもたちには、この鞍馬山という雄大な自然の中に身を置いて、「命はじっくりゆっくり移り変わってゆく」ということを実感してほしいと思います。
「雄大な自然と歴史あるお寺の中にある保育園」という、願ってもない環境が鞍馬山保育園にはあります。たくさんの動植物にあふれる山をどんどん闊歩し、「あ、あの木の葉っぱが赤くなったね」「この虫さん、なんていうんだろ」と新しい発見をたくさんしてほしいと思います。いつか大きくなった時、「あの鞍馬山が私のふるさとだ」と言ってもらえるように。

あふれる自然を五感で感じてほしい ~いのちのめぐり、つながりを観じて~

お寺の中にある保育園として 鞍馬山には、あふれんばかりの自然と四季の移り変わりがあります。その自然に少しでも触れてもらおうという目的で、山を越えて貴船の方までお弁当を持って歩いて行くことがあります。歩いている時、園児たちは本当に楽しそうです。いざ、歩き始めてみると、子どもたちの方が断然早くて、保育士が「待って~」なんていう声をあげることもしばしばです。声をあげながら、まっすぐ歩いたり、ジグザグに歩いたり、走ったり、いろんな歩き方をしています。その途中途中で、若葉を見て「美しいな」と感じたり、虫を見つけて立ち止まったり、きれいな空気を胸一杯に吸い込んだり、時には野草を味わったりしながら、自然とどんどん関わってゆきます。まさに五感で感じてゆきます。
子どもたちを見ていると、第六感まで使っているんじゃないか、と思うことすらあって、そんな時、「子どもだからこそ本物に接してほしい」と強く思います。芸術的なものにある、本物の持っている力、オーラ。そういうものに触れて、感じるセンスを、感性が豊かなうちにこそどんどん磨いてほしいと願わずにはいられません。お寺の中にある保育園として

花も鳥も虫もきのこも
自然はみんな 天からの贈りもの
目を凝らし見つめると そこには天の心が輝いている
美しい姿 素晴らしい智慧 活力に満ちた生命

何気なく見すごす小さな生命
けれどもそこには
宇宙のいのちがある
宇宙のこころが生きている

毎朝、お参りをしています ~自分を見つめる~

園の二階に小さなご尊像が安置されていて、毎朝、みんなでお参りをしています。お寺ですからもちろん「お参りをする」ということを大切にしますが、同時に「みんなで静かにする時間をちょっと作ってみようよ」という目的があります。お参りする時に、「チーン」と打ち鳴らしを鳴らします。「誰が一番静かにしていられるかな」と言いながら。起きている間は、よほど意識しない限り話も何もしないでじっとしている時間はほとんどありません。それならば、意識的に子どもたちにそういう時間を作ろうと思いました。子どもたちには少し遠い未来の話かもしれませんが、冷静さを失わず、「自分の心は今どうなっているんだろう」と見つめられる人になってほしいと思うからです。忙しさに流されてゆく中で、ふと立ち止まって自分自身を見つめることは、大人であってもなかなかできません。仕事の中で、つい売り言葉に買い言葉になってしまったり。そんな時に「ちょっと待てよ、今、自分の心ってどうなっているかな」と、一歩下がって客観的に自分の心を観察することができたら、お寺の中にある保育園として「ああ、こんなことでイライラしている場合じゃないよね」と思えるかもしれません。「ちょっと仲が悪かったけど、ひっくり返していい関係になれないかな」とか。子どもたちが、お参りの時間に「あ、こうしたら、すっとするな」とか、「落ち着くな」という感覚を持ってもらえたら一番うれしいです。また、大人になってから子ども時代を振り返った時に、「ああ、保育園の時は大変だったな、じっとしているのは足が痛かったし」「でも、ああいういうことも必要だったのかもしれない」と思ってくれる子が一人でもいれば、私はとても幸せです。

三つの誓い

お寺の中にある保育園として※毎朝のお参りの時に唱えていることばです

  • 私たちはいたずらしない悪口を言わない
  • 立派な人となるためにお礼をいたします
  • 私たちは真心をもって
    世に尽くす人となるためにお礼をいたします
  • 私たちはご尊天様よりお力を頂いて
    つよい信念を確立するためにお礼をいたします

お稚児さんとしてお寺の行事に参加しています ~伝統に触れる~

鞍馬寺にはたくさんの年中行事があります。せっかくお寺の中にある保育園ですから、子どもたちには機会があるたびに、お稚児さんとして参加してもらっています。たとえば、六月二十日に行われる竹伐り会式(たけきりえしき)。これは、平安時代に峯延上人(ぶえんしょうにん)が法力で大蛇を退治した故事にちなむものです。年長の男児がお稚児さん役で出た姿がよく夕方のニュースで流されています。
また、二月の節分の日に行われる節分追儺式(せつぶんついなしき)。昔、山に鬼が住んでいて、都に入ろうとした時に、寺の僧が毘沙門天から「豆で鬼の目を打ちなさい」と言われて、そういう風にしたら鬼が退散したという言い伝えが由来です。お寺の中にある保育園として節分の豆まきは鞍馬寺から始まった、という説もあるぐらい古い行事です。
本殿のまわりをまわって、要所要所で「オゥオゥ」っと元気に掛け声をかけるのですが、こちらは年長の男女が元気にやっています。見ている保護者のみなさんもうれしそうです。
お寺の宗教行事ではありますが、それに触れることによって、古来からの伝統的な所作や緊張感を肌で感じることができます。それが、知らず知らずのうちに子どもたちの体に沁み込んでゆき、どこかで考え方や動き方の基本になるような気がしています。